第71回 闇を飛ぶ

夫婦で北海道を旅行していた時だった。子育ても大変な時期を越えて、久々に夫婦水入らずでの旅行を楽しんでいたのに一体どうして。今さら嘆いても仕方ないが、あまり喋らなくなってしまった妻を見ているのがとても辛い。子供たちは突然いなくなった両親を思い出しているだろうか。もう二度と会えないだろう。もちろん苦しい時は今までにも沢山会った。でもそんな時は大空を全速力で羽ばたけば全部忘れる事が出来た。今はそれさえも許されない。きつく縛られた自分の足を見るたびに、深いため息をついてしまう。

動物園というものがあることは知っていた。気になって近くを飛んでみたこともある。狭い場所と聞いていたが「意外と広くて快適そうじゃないか」と率直に思った。緑に囲まれ、敵に襲われる心配もなくのんびり暮らしているフクロウたちを見て、ずいぶん拍子抜けしたものだ。だが今の私達は何だ。普段私達が寝ている時間に途切れなく金属的なノイズを聞かされ、奴隷の様な人間たちの横顔を見ていなくてはならない。彼らもきっと捕えられて、強制的にあの機械を操作させられているのだろう。

「下の子供たちも、もう飛び始めてるかもしれないわね、初めて飛び立つ瞬間を見てあげたかったわ」妻がぽつりと言った。首がよく回るのにも関わらず、私を振り返りもしない。翼で少し頬をさすってみたが全く反応してくれなかった。私達は20年間生きる。残り10年。このままではこの先にあるものは闇だけだ。ノイズだらけの真っ黒な暗闇だ。でも私達はフクロウ。闇の中でも生き抜くことが出来る。この闇だっていつか乗り越えられるはずだ。私はそう固く決意をして、ボサボサの妻の翼を整えた。この場所から颯爽と飛び立つ時のために。