「この世でもっとも美しいアンビエント」と評された名作『ア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サルン』のリリースもこのレーベルから。

『ア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サルン』は、ポスト・クラシカルのシーンでも人気のピアニスト、ダスティン・オハロランと、ドローン〜アンビエント界を代表するデュオ、スターズ・オブ・ザ・リッドのメンバーでもあるアダム・ウィルツィーによるプロジェクト。ピアノやギター、チェロ、ヴァイオリン、ヴィオラなどのストリングスにモジュラー・シンセやエレクトロニクスを加えた重層的な編成で深いアンビエンスを生み出し、ときに神々しいほどの美しさを湛えた音楽を奏でる。

▼A Winged Victory For The Sullen Boiler Room London Live Show

深く美しいアンビエンス、といえば、ヴィブラフォン奏者、マサヨシ・フジタの作品もこのレーベルからのリリースだ。

たとえば森の、深い霧に包まれた静けさに、たとえば一枚の絵画にインスピレーションを受け、音で紡がれる物語。ヴィブラフォンやヴァイオリン、チェロ、フルートといった楽器の、物悲しくも優美な響きが創出する神秘的な世界観。そのサウンドは、まるで物語の挿絵のように聴き手の脳裏に情景を映し出す。

▼Masayoshi Fujita – Tears of Unicorn (Vibraphone Version)

レディオヘッドのツアーのサポートアクトに抜擢されたことも話題のドーン・オブ・ミディは、NYはブルックリンを拠点に活動する3人組。インプロヴィゼーション主体のフリー・ジャズ的サウンドを展開していた1stから、抑制を効かせ緊迫感を孕みながら進んでいくミニマル・ループ・サウンドへと変貌を遂げた2ndへ。その2ndを〈Erased Tapes Records〉がピックアップし、グローバル盤として再リリース。反復が生み出す陶酔感や高揚感はテクノをおもわせ、DJミックスのようにシームレスなアルバム構成はダンス・ミュージックを想起させる。

▼Dawn of Midi – Dysnomia (Excerpt) – Boston, 10/21/2013

continuous music(連続音楽/持続奏法)という独自のピアノ奏法を駆使した作曲を長年追求しているウクライナのピアニスト、ルボニール・メルニクの作品も、ミニマルな美と共にエクスペリメンタルな様相をみせる、このレーベルらしいリリースだ。

▼Lubomyr Melnyk – Parasol (excerpt)

レーベルからは他に、ニルス・フラームとの親交も深いピーター・ブロデリックの諸作や、オーラヴル・アルナルズが属するユニット、キアスモスの作品等もリリースされている。現代のヒーリング・ミュージックともいえるインティメイトな雰囲気を纏いながらも一方で前衛的な側面もみせる作品の数々をぜひ聴いてみてほしい。

リリース音源を辿ることで浮かび上がってくるレーベル・カラー。そのトーンを鑑みると、なるほどベン・ルーカス・ボイセンの新作が、このレーベルからリリースされることにも納得である。

ニルス・フラームも絶賛するベン・ルーカス・ボイセンの新作

トム・ヨークも賞賛。〈Erased Tapes Records〉を振り返る music160615_erasedtapes_3

ベン・ルーカス・ボイセン

ベン・ルーカス・ボイセンは、ドイツ出身、ベルリンを拠点に活動する作曲家/プロデューサー/サウンド・デザイナー。2003年からHECQ名義でも活動し、アンビエント/ブレイクコアなどの作品を多数リリースするかたわら「アムネスティ・インターナショナル」や「マーベル・コミック」など多くの企業の映画/ゲーム/アート用のサウンドも手掛けるなどマルチな活躍をしてきた。

新作は、レーベル・メイトであり友人でもあるというニルス・フラームがミックスとマスタリングを担当。プログラミングされたピアノ音の断片やライブ・インプロヴィゼーション〜レコーディング音源をスタジオで再構築するエディット・スタイルや、繊細な音響から迫り来る重低音まで広いレンジで行き来する、ストーリー性溢れる作風は、ニルス・フラームのアルバム『スペイシーズ』にも通じる趣がある。

ミステリアスなムードに満ちた“Veil”から、前作『グラビティ』収録曲との連作となっている楽曲“Nocturne 3”へと繋がり、ゆっくりビートが刻まれる流れは、まるで航海の始まりを告げるよう。壮大なサウンド・ジャーニーへと誘う本作にふさわしい静かで荘厳な幕開けだ。続く“Sleepers Beat Theme”は、ジョン・ホプキンスが、人気コンピレーション・シリーズ『レイト・ナイト・テイルズ』の1曲目にも抜擢した楽曲。

▼Ben Lukas Boysen – Sleepers Beat Theme (Late Night Tales: Jon Hopkins)

目を閉じて聴けば、そこに見えてくるのは広大な宇宙空間か深海か、はたまた圧倒的な自然の姿か。余韻たっぷりに響くピアノや散りばめられたハープの音色、広がるシンセ・サウンドが光や色を、残響音が重力や浮遊感、闇の深さを描いているような、映像喚起力の高いシネマティックなサウンドスケープが繰り広げられる本作は、クラシック音楽を学び、電子音楽からロック、プログレまで聴き親しんできたという彼のサウンド・デザイナーとしてのセンスや力量が存分に発揮されており、外的描写を連想させるにとどまらず、ときに優雅、ときに不穏な空気感を醸し出し、さらには静謐さと背中合わせにある孤独感や緊張の後におとずれる安堵感といった内的感情までも喚起させるよう。

ピアノ演奏だけにフォーカスした作品でもなければ、ましてや技巧をひけらかす類のものではない。しかし自身の音楽を追求するなかで、ピアノという楽器が持つ表現力の幅を押し広げたり可能性を模索した過程や成果が記録された、ピアノ・コンシャスな作品であることは確かだ。

ニルス・フラームをして「今後誰に聞かれても、これが本当のピアノだと答えるよ」とまで言わしめた本作、ぜひ自身の耳で確かめてほしい。

RELEASE INFORMATION

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text by Takeshi Yoshimura