もし、この世にMark Reeder(マーク・リーダー)という存在がなかったら、きっと、自分が今見ている世界は大きく違っていただろう。壁によって東西が分断されていた1970年代のベルリン、そして、現代の中国、国も時代も壁も越えて彼が解き放った音楽は、心から良い音楽を欲してた人々へと伝わり、そして、いくつもの新しいアンダーグラウンドシーンの誕生へと発展した。彼自身の半生が描かれた話題の映画『B-MOVIE』とともに、今もなお、良質な音楽を求めて世界中を駆け巡っている。New Order(ニューオーダー)に影響を与え、電気グルーヴをヨーロッパに浸透させ、Paul van Dyk(ポール・ヴァン・ダイク)を発掘し、Stolen(ストールン)を中国からヨーロッパへ導いた、アンダーグラウンドミュージック界の革命家、現役にして伝説のプロデューサー、Mark Reederへインタビューを行った。

Interview:Mark Reeder

Mark Reeder 「良い音楽は自分に語りかけてくるし、イメージが浮かぶ。Stolenをはじめ、これまで出会った全てのミュージシャンに共通して言えること。」

【2020年第一弾インタビュー】Mark Reederなくして、アンダーグラウンドミュージックは存在しない。 column_kanamiyazawa_interveiw_mark_reeder_02

Kana Miyazawa(以下、Kana) まずは、ヨーロッパツアーお疲れ様でした!今回New Orderのサポートアクトに抜擢され、各所を回ったStolenですが、いかがでしたか?感想や反響を教えて下さい。

Mark Reeder(以下、Mark) 素晴らしい反響を得れた大成功なツアーだと思ってる。お客さんはNew Orderのことは当然知ってるけど、Stolenのことは知らないのが基本。だから、なぜ、New Orderのオープニングアクトが欧米のバンドでなく、中国のバンドなのか??という驚きがあった。でも、そういった驚きだけでなく、彼らのパフォーマンスを見て、さらに驚いたんだ。Stolenは、これまで見たことのないスタイルのバンドで、New Orderにファンも好奇心に満ちていたよ。

Kana ベルリン公演もまさにそんな反応でした。Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)の『Unknown Pleasures』Tシャツを着たNew Orderファンたちが、圧倒されている姿から歓声を上げるまでの様子を間近で見ていましたから。まさに、“サプライズ”でしたね!

Stolenベルリンライブのレポート

Mark まさにそうだね。最初のギグがプラハで、正直どうなるか全く想像出来なかった。なぜならNew Orderも初めてライブをする場所だったんだ。だから、ライブ開始前に僕がアナウンスをしたんだけど、観客は非常に楽しみにしていたのが分かったよ。次の日はミュンヘンだったんだけど、そこでは、初めてのスタンディングオベーションが起きたんだ。New Orderのファンからサポートバンドへのそんな光景は初めて見た。本当にレアなことなんだ。

Stolen 「Chaos」

Kana スタンディングオベーションはすごいですね!私も彼らのパフォーマンスを見た時、衝撃で鳥肌が立ちました。もう一度観たいと思っています。

Mark 3月のNew Order来日ツアーにもサポートアクトとして出演することが決定してるよ。石野卓球も一緒にね。彼からも是非一緒にやりたいと言ってくれたんだ。
ツアーのスタッフから見ても、とても仕事がやりやすいバンドだって言われたよ。ステージの転換なんて、5、6分でやってしまうんだ。彼らは本当にきちんとしていて、真面目で時間を無駄にしないから、とてもマネージメントしやすかったよ。そこも素晴らしい点だよね。
そこで、日本でもツアーをやりたいと思った。卓球も同じ考えを持ってたよ。全公演に2アーティストともに出演させたいと思ってたんだけど、それが実現出来そうで嬉しいね。

Kana おめでとうございます!!それは、日本にとってもStolenを知れる貴重な機会になりますね。

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Mark そうだね。大成功を収めたEUツアーのおかげで、もうStolenは単なるサポートバンドではなくなったんだ。New Orderと共に出演する一つの違うバンドとしての地位を築くことが出来た。それに、チケットも物販も完売したんだ! New Orderも驚いていたし、みんな衝撃を受けたよ。Stolenは、New Orderの音とも全然違うし、Joy Divisionとも違う。完全に独自のサウンドを生み出しているし、中国語ではなく、英語の歌詞で歌っていることもオーディエンスに響いた大事な要素の一つだよね。英語が話せるということは、ヨーロッパに限らず、アメリカであってもどこでも海外へアプローチすることが可能になるし、チャンスも広がっていくから。
ヨーロッパでは、まだまだ中国の音楽シーンはあまり知られていないのが現状。歴史さえもよく分からない。だから、中国のバンドと聞いてもピンと来ない人がほとんどだと思う。そういった中で、完全にオリジナルスタイルを築いているStolenがパフォーマンスを行ったことで、中国にこんなに素晴らしいバンドがいるんだということを知らせることも出来たんだ。K-POPや欧米のコピーではない、次世代の新しい中国のシーンをね。

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New Orderヨーロッパツアー2019にて、New Order、Mark Reeder、Stolenによる集合写真。

Kana 確かに、中国の音楽シーンと言われてもパッと思い浮かばないというのが正直なところですね。Stolenとの出会いは何がきっかけだったんですか?

Mark 2017年に、中国の成都の郊外で開催された音楽フェス<Morning House Fes>に、『B-MOVIE』の上映とDJとして招待されて、そこに出演していたのがStolenだったんだ。それはそれは、森の中の美しいロケーションだったよ。彼らはフェスで会う数日前にデモを送ってくれていたんだ。それで、会った時にどう思った?と感想を聞かれて。彼らは会った時の印象もすごく良かったね。本当にナイスガイたちだよ。ライブを実際に見たら自分が思っていたのと全然違って、衝撃を受けた。テクノ、ロック、サイケデリック、中国っぽさとかいろんな要素がミックスされたサウンドなんだけど、これまで聴いたことのない独自のサウンドに圧倒されたよ。
以前にも中国には来てたけど、彼らとは出会ったなかったし、彼らのような若い世代による中国の新しいシーンが構築され出しているのを感じたよ。このフェスはエレクトロニックミュージックだけでなく、ロックやパンク、いろんなジャンルのミックスされたフェスだったんだけど、10代のキッズや20代の若い世代のお客さんがとても多かった。アンダーグラウンドなシーンが中国にもちゃんとあって、需要があるということに驚いたね。
Stolenとは、まさに運命の出会いだったんだ。そこで、彼らのために自分が何を出来るか考えた。僕はこれまで自身のレーベル〈MFS〉でも何組ものアーティストを世に送り出してるし、プロデューサーとしての実績もある。だから、彼らを世界に知らせることが、自分の役目だと思った。

『B-Movie』: Lust & Sound in West-Berlin 1979–1989

Kana 中国と言えば、インターネットの規制が厳しいことでも知られてますが、そう言った環境下でStolenは違法ダウンロードによって、Joy DivisionやKraftwerkと言った欧州の音楽を知ったんですよね?そこからインスパイアされて、あれほどまでに完成度の高いオリジナルサウンドを作り出していることがすごいし、非常に興味深いです。

Mark 中国も10年前ぐらいから変わってきたんだ。今も厳しい制限を敷かれていることに変わりはないけど、VPNを使えば海外のサイトにもアクセスすることができるしね。彼らのように違法ダウンロードによって、海外の音楽を知り、所持することが出来るようになったことは大きな変化だよね。
それに、中国ほどの13億人という人口がいる国ならセンサーシップ(ネットの検閲)があるのは、秩序を保つために当たり前だと思う。そのおかげで統治が出来ているからね。これからは、そう言った国の中で彼らが何を知ろうとしてるか、何をしようとしてるか、僕らも知るべきだと思うし、分かっていく時代になってきている。僕のように外から教えていくことも大事だと思ってるよ。

Kana ベルリンの壁があった時代にあなたが西から東へカセットテープによって音楽を密輸していたのは、有名な話ですが、Stolenの環境と似ている部分があるなと思ったんですが、その点についてはいかがですか?

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Mark うーん、それはまたちょっと違う状況だと思うよ。僕の場合は、友人が東ベルリンに住んでいたんだけど、彼らは好きなレコードを買うことも出来なかったんだ。まず、西の音楽を売ってる店なんてなかったし、公共のラジオでさえ監視下に置かれていたからね。西は当時からエレクトロニックミュージックでも何でもあったし、なんでも手に入れることが出来た。だから、僕は東の友人へ西の最新音楽を届けるために密輸を始めたんだ。ピンク・フロイド (Pink Floy)やキング・クリムゾン(King Crimson)なんて、東の監視下では知る由もなかったからね。それどころか、東から西へ行くことは命懸けだったし、例えば、西のものを所持することさえ許されなかった。写真や雑誌を持っていただけで反逆者とみなされて刑務所行きになるすごい時代だったんだ。
だから、僕が密輸したカセットテープを友人がコピーして、また別の友人に渡して、またそれをコピーしてって水面下で広げていったんだ。そうやって、みんなにコピーが行き渡った2年後に、東で無許可のシークレットパーティーを教会で開催したんだ。東でパンクロックバンドのライブイベントだよ!笑

Kana それもあなたの伝説として有名な話ですよね(笑)。

Mark だから、Stolenも置かれている状況とは全然違うよね。彼らはインターネットもあるし、自分たちで音楽を製作出来る環境にある。バンドをやりたかったら、音楽学校に行ってプロを目指すこともできるし、楽器屋に行ってギターを買うことも出来る。自分で自分のやりたい道を選ぶことが出来るから、そこが大きな違いだよね。

Kana カセットテープとインターネットではだいぶ差がありますもんね。

Mark そう。確かに、中国は外の世界を知りにくい環境にある。でも、インターネットが普及していることによって、知る方法はあるし、逆に、こっち側から中国を知ることも出来るし、アドバイスとか外の世界を教えてあげることが出来るよね。
状況は違うけど、共通点があるとしたら、中国も東ベルリンも外の音楽を知ったことで、それに興味を持って、シーンを作ろうとする人たちがいたということかな。ただ、知るだけなく、自分たちで構築して広げていこうという意思があった。

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Kana そこには、時代を超えて、マーク・リーダーという1人の存在があって、そこから彼らは新しい音楽を知り、アンダーグランドシーンが生まれていったってことですよね。すごいなあ。。。
これまでに本当に多数のアーティストのプロデュースを手掛けてますが、どうやって良いアーティストかどうか判断してるんですか?

Mark まずは、そのアーティストに興味が沸くか、そして、音を聴いた時にお腹に響くかどうか、かな?良いアーティストの音楽は自分に語りかけてきて、イメージが頭に浮かぶし、エモーショナルを感じるよね。例えば、ノイバウテン(Einstürzende Neubauten)は、ノイズのインストバンドだけど、歌詞やメロディーといった音楽としての基本的要素が揃ってなくてもいいんだ。
僕はミュージシャンではないけど、マンチェスターにいた頃から本当にたくさんの音楽を聴いてきたんだ。常にオープンマインドでどんなジャンルでも受け入れるようにしているよ。

Kana “腹にグッとくるかどうか?”ということですね(笑)。石野卓球氏との交流もかなり長いと聞いていますが、彼と出会った時も同じように感じたんですか?

Mark そう、卓球も同じだね。電気グルーヴだけど、“Niji”を聴いた時にまさにそう思ったよ。彼らを知ったのは、Mijk Van Dijkが教えてくれたからだけど、それまで聴いたことない音楽だったから、殴られたような衝撃を受けたよ!なんて素晴らしい曲なんだって思った。今でもあれはスペシャルな瞬間だったと思う。Ken Ishiiも素晴らしいし、日本のテクノアーティストは本当に素晴らしいよね。

電気グルーヴ「Niji」

Kana 時代を超えて、いろんなシーンを見てきているかと思いますが、最近ベルリンでは、都市開発や家賃高騰によるローカルクラブの立ち退き問題が勃発して、デモや署名活動が行われています。その点についてどう思われますか?

Mark ベルリンはビッグシティーだから、どこかのクラブがなくなったり、一つのシーンが終わったとしても、また新しいクラブが出来て、新しいシーンが生まれて、それの繰り返し。
だから、そんなに悲観することではないし、時代の流れに沿った普通のことじゃないかな。それによって、違った人たちによる違ったアイデアが生まれるし、新しい時代が始まる。新しいオーディエンスも新しい場所も必要だから。そうやってアンダーグラウンドシーンは続いていくんだ。そう言った状況下で、テクノシーンも30年以上続いているしね。

Kana 最後になりますが、プロのミュージシャンを目指す若者たちに何かアドバイスがあったらお願いします。

Mark まず、有名になる必要はないし、それが大事だと思ったことはない。もしそれを望むなら、どうやったら世の中に受け入れられる、認められるアーティストになるかを見つけることかな。

Kana 本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました!!

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私たちは東ベルリンを象徴するクロイツベルクのオールドスタイルなカフェで待ち合わせをし、Mark氏の案内のもと街を散策しながら、撮影&取材を行った。風が冷たく、時折激しく吹き荒れることもあったが、Mark氏のトレードマークでもある真っ青なミリタリージャケットが冬晴れの空によく映えた。
私たちが知る由もない壁の外と中のリアルな世界、私たちの知らなかった中国のアンダーグラウンドミュージックシーンは、Mark Reederという一人の偉大な人物の手によって、新たな10年を迎えた2020年代へと語り継がれ、次なる”Stolen”が誕生することを期待せずにはいられない。

Photo by : Saki Hinatsu
Interview support : Tetsumi Segawa