ビン・リュー初監督作にして第91回アカデミー賞&第71回エミー賞にWノミネートという快挙を果たし、サンダンス映画祭をはじめ59の賞を総なめ、ロッテントマト満足度100%と全米の批評家・観客が絶賛、さらにオバマ前大統領が「感動的で、示唆に富む。ただただ惚れ込んだ」と2018年の年間ベストに選んだ傑作ドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』が9月4日(金)より全国にて順次公開される。この公開を記念したトークライブが、8月19日(水)にYouTubeにて生配信された。

今回のトークライブには、数多くのメディアに引っ張りだこの現代アメリカ政治外交研究者/上智大学教授・前嶋和弘と、様々な専門家をゲストに迎えたYouTubeチャンネルが人気を集めるラッパー、ダースレイダーが登場。ラストベルト(錆び付いた工業地帯)が舞台のドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』を通して、2016年の大統領選でトランプ大統領を誕生させたと言われるラストベルトと現代アメリカについて知るための解説が繰り広げられた。

レポート:映画『行き止まりの世界に生まれて』公開記念トークライブ

今回のイベントに際し、事前に作品を観たという前嶋とダースレイダー。トーク冒頭はその感想から始まった。「揺さぶられる瞬間がたくさんありました。キラキラとした熱を持っていて、そしてスケートビデオの爽快さが本当に素晴らしくて! 3人の青年を10代から12年間追いかけ、その成長や葛藤、社会にどう適応して行くかという姿が映し出されます。多層的な映画で、まさに“アメリカなう”という感じの映画」とダースレイダー。そして前嶋も「登場人物のひとりであるビンが監督だからこそ、映されている人たちもカメラがあることを忘れて、普通にビンに語りかけているように見える構造も見どころの一つ。そして10代の誰もが持つ葛藤やなんとも言えない逃げられないような感覚は、きっと誰でも共感出来るんじゃないかと思います。50代の僕でも思い出して共感しました」と熱く語った。

映画『行き止まりの世界に生まれて』を通して現代アメリカを知ろう!ダースレイダーと前嶋和弘が公開記念トークライブを実施 film2000821_ikidomari_2-1920x1027

本作の舞台はイリノイ州ロックフォードであり、錆び付いた地帯と言われるラストベルトに位置している。「ラストベルトは“Rust Belt”、言わば錆のついたベルトと言う意味で、錆びが付いて動かないような工場とかを想像してもらえると。日本で言う、〇〇産業地帯とか、例えば京浜工業地帯のような、製造業が盛んな地域のこと」と前嶋が説明し、ダースレイダーも「地図でいうと五大湖の半分をちょうど囲む辺り」と解説した。

加えて前嶋は「昔は未来につながるベルトだったんです。第二次大戦あたりから70年代頃に産業が一気に発達して、まさに世界の産業の中心のような場所だったんです。働いている人たちは“俺たちが世界を引っ張っている”というプライドを持っていた」、「かつて世界の中心だった場所で、そこに住む人たちは自動車や家を買えた。その子供達は自分よりも良いところに住める、という希望や夢を持っていた分、プライドが折れてしまったんだと思う」と語り、ダースレイダーは「バックラッシュが大きかったんですね」と景気の反動を機械の仕組みに例えた。希望を失った世代の、子供、孫の世代にあたるのが『行き止まりの世界に生まれて』の主人公3人の年代というわけだ。

映画『行き止まりの世界に生まれて』を通して現代アメリカを知ろう!ダースレイダーと前嶋和弘が公開記念トークライブを実施 film200819_ikidomari_9-1-1920x1080

2016年にはドナルド・トランプが大統領になり、ラストベルトは、ほとんどの州が競りにせった激戦州となり注目を集めた。「2016年の大統領選挙の時、トランプが赤いキャップで“Make America great again”と言った演説は今でも印象にありますよね。まさにこの言葉の“取り戻したいアメリカ”というのがこのラストベルトや、そこに住む人達に響いた」とダースレイダー。前嶋も「昔は所得再分配で助けてくれた民主党だがそれも今はなく、未来が見えず、誰にも振り向いてもらえないラストベルトの人たちは、トランプの言葉に“俺たちを助けに来てくれるのか?”と心を動かされたのだろうと思います」と、その場所に住む人達が当時の大統領選でどのような感情を抱いていたのかを解説した。

そしてトークは、今のラストベルトに生きる“若者”の話題に。「50〜60年代の、寛容だった、生活も楽だったアメリカをなんとか取り戻すために、ザックの父のように厳しい規律を保つことで、今の状況をどうにかしようとした人もいた」とダースレイダー。だが、戻ることの出来ない現実が続く日々。「同じくラストベルトのデトロイトが舞台の『8 Mile』とかでも描かれていたように、事件が起きても助ける人が来なかったりするようなことがある。この『行き止まりの世界に生まれて』のロックフォードも同じような部分はあるだろうし、雇用の面で言えば劇中に出てくるような屋根職人、皿洗いとか、仕事は仕事でも選択肢の幅が限定された中で若者たちも働いている」と続けた。

雇用がないという厳しさは、生きる人々の心を擦り減らしていく。希望が廃れた環境の中で全員が深刻な背景を抱え、劇中で暴力が日常化していることについて前嶋は「暴力は貧困と連鎖する。アメリカは日本より貧富の差があるし、その中でもラストベルトはさらに顕著で、その差から暴力に繋がっているんだと思う」と分析。そしてダースレイダーは「親同士の暴力沙汰を日常的に見させられていることもある意味虐待で、それが日常になっている劇中の3人はメンタルでも傷ついていますよね」と話す。そのような環境の中で、スケボーというアイテムが重要になる。人種も違う3人は、他の仲間達とともにスケートバークで新しい生活を作り、スケボーで会話を交わし、現実のメンタルダメージを転んだ痛みでコントロールしていく……。

映画『行き止まりの世界に生まれて』を通して現代アメリカを知ろう!ダースレイダーと前嶋和弘が公開記念トークライブを実施 film200819_ikidomari_6-1-1920x1080

前嶋は「スケボーに限らず、友達と自転車に乗ったり、草野球したり、そういう瞬間を共有することで若者は成長していく。その煌めきがこの映画にある」と力説。そしてダースレイダーは「12年間の時系列の中で、時折見せる“本当にこの時間が続けばいいのに”という瞬間の場面がいくつかあって、彼らはそれを共有しているんです。その瞬間が、瞬間といえどもスケボー乗って向先に向かっていく姿が見えるのがいい。観てる側も救われますね。スケボーは、社会と自分の間にある溝や、世代間のギャップを超えていく、かけがえないもの。未来に継承されて行くもの」と熱く語った。

秋に大統領選挙を控えるアメリカでは本作の公開直後、9月7日(月)のレイバー・デーに選挙戦も本格化する。「歴史の中でもこの2020年の大統領選挙は大きな意味を持つかもしれないと思っている」とダースレイダー。現在の戦況を語りながら、前嶋も「本作の舞台ロックフォードのようなラストベルトの街が、今回も大統領選の鍵を握っている。BLM運動などのうねりがある中、『行き止まりの世界に生まれて』の主人公たちのような若者の票で、今後のアメリカが大きく変わっていくかもしれない」と分析した。90分にわたるトークの最後には「なんだかんだ言っても前知識なくても十分楽しめる映画」とふたりは太鼓判を押していた。

映画『行き止まりの世界に生まれて』を通して現代アメリカを知ろう!ダースレイダーと前嶋和弘が公開記念トークライブを実施 film200819_ikidomari_5-1-1920x1080

この度実施されたトークライブの全編はYouTubeにて公開中だ。『行き止まりの世界に生まれて』のみならず、ラストベルトと現代アメリカについて深く知ることのできる内容なので、是非チェックしてほしい。

【番外編】公開記念!『行き止まりの世界に生まれて』を通して知る現代アメリカ ダースレイダー×前嶋和弘

『行き止まりの世界に生まれて』予告編

INFORMATION

行き止まりの世界に生まれて

映画『行き止まりの世界に生まれて』を通して現代アメリカを知ろう!ダースレイダーと前嶋和弘が公開記念トークライブを実施 film200819_ikidomari_1-1-1920x2713

9月4日(金)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!

監督・製作・撮影・編集:ビン・リュー
出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リューほか
エグゼクティブ・プロデューサー:スティーヴ・ジェイムス(『フープ・ドリームス』)ほか
93分/アメリカ/2018年 英題:MINDING THE GAP
配給:ビターズ・エンド
© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

詳細はこちら