沙也香 もう自分の足で探してますね。アポイントなしでいきなり行って、資料や作品を見せながら“ここでやらせて下さい!!”という飛び込み営業スタイルです(笑)。

宮沢 ええ、すごい! 事前にメールとかもなしで??

沙也香 一応、メールはしますが、しても返ってこないことの方が多いので(笑)。直接行った方が話が早いです。

宮沢 確かにベルリンはそうかもしれないですね。対面を好むというか、目を見ながら直接話す方が伝わりやすい気がします。

寛子 そうなんですよ。私たちはスタートアップなので実績がない。でもコンセプトがバチッと合うと驚くほど話がどんどん先に進んでいくんですよね。そこにおもしろさややりがいを感じれるし、ベルリンならではだと思ってます。

沙也香 いきなり物だけ持って行って説明して話が進むことなんてまず日本じゃあり得ない!!

宮沢 ネームバリューや実績がまず必要になりますよね。ベルリンは新しいものや前衛的なものを受け入れてくれやすい環境だと思いますが、その分敷居が低いとかレベルが低いとも言われてますがその辺はどう思いますか? 

沙也香 うーん、良くも悪くも精査されないんですよね。誰も作品の良し悪しを決めないからアートの蚤の市みたいになっちゃってる部分があると思うんです。あとは、これは私たちにとっての課題でもあるんですが、作品を買ってもらうまでが大変です。興味は持ってくれるけど、買うまでにはなかなか至らないのがベルリンですね。

ただ、新しいことを受け入れてくれるし、スタートアップならベルリンが一番良いと思います。それは作家さんも含めてそう思います。これがパリやロンドン、NYのような大都市だったら確実に門前払いですし、すでに確立された何かがあって新参者は入れない雰囲気がありますね。そこに入り込んでいくのも今後の課題の一つですが。

宮沢 ベルリンは音楽に関して言えばいろんなジャンルにおいて突き抜けたシーンを持っていると思いますが、アートやファッションに関してはインディペンデントで独特な色を持ちつつ世界のトップ基準には達してないなと思うところがありますね。そこがおもしろい部分でもありますが。

前の質問に戻りますが、他に何か苦労した話って何かありますか? プロジェクトのことだけに限らずベルリンでの生活でも何でも。

沙也香 えっと……基本的に大体辛いんですけど……(笑)。

宮沢 爆笑。

沙也香 自分の頭で考える時間が増えましたよね。東京で働いてる時は会社に所属してたから余計にそうだとは思うんですが、すべてシステマティックに動いていたと思うんです。全部誰かが導いてくれてて言われたことをきちんとこなしていけば良かったけど、今は全部自分で考えて、自分の意見が何よりも重要になってきます。こうした方が良いという意見をきちんと伝えたところからようやく仕事として動いていくんですよね。

宮沢 自分の意見を持つだけでなく、ハッキリと意思表示することが重要ってみんな言いますよね。ベルリンはインターナショナルなのでドイツ人以外の国の人も多いですが、私個人的な意見としてはすごく仕事がやりやすいと思っています。曖昧な回りくどさがないし、とにかく仕事が早い!しかも完璧!音楽でもファッションでもそう感じることが多いです。

沙也香: 確かに仕事はやりやすいですね。例えば、意見の違いがあってその場でガーッと言い合ってもそのあとすぐに、”じゃー、ビールでも飲もっか!!”ってなりますね。(笑)ハッキリ意見を言い合うことが当然だからたとえケンカみたいになっても根に持たないんですよね。最初は全然そうゆう対応になれなかったし、自分より背も高くてガタイも良いドイツ人を相手に震えながら意見を言ってましたが、理解出来てからはすごく楽になりました。

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photo by:Tomohiro Hanada

宮沢 寛子さんは?

寛子 一番大変で辛かったのはやっぱりビザでしたけど、日本だったら何の苦労もせずに出来るような、例えば銀行の口座開設とか一つ取っても全部サバイブしてる感じがしますよね。

沙也香&宮沢 サバイブ!!(笑)。

寛子 私、ビザ更新が冬だったんですよ。その時ちょうど住んでたアパートメントも出ないといけなくなってしまって、もう寒いし、暗いし、ビザはないし、家もない、もう何もない!! って状態でした。

宮沢 ないない尽くしだったんですね(笑)。

寛子 はい(笑)。だからすごく鍛えられてたくましくなりました。姉が結婚してスイスに長く住んでいるのでその影響もあって海外に移住することには全く抵抗はなかったんですが、いざ住みだしたら、とにかく個の力を持っていないと生きていけないって感じましたね。日本にいたらある程度キャリアを積んだらレールが見えてくると思うし、ハウツーが分かりやすいですけど、海外はそれがない。ゼロから全部自分でやらないといけないじゃないですか。自分は何なのか? とか、どうゆう風に生きていきたいのか? とか、自分の生き方や働き方について昔からよく考えていたんですが、いまいちピンときてなかったんですよね。

でも今はそれがクリアーになったし、厳しいけどすごく楽しいです。過酷な状況に置かれて初めて分かることとか気づくことってあると思うんです。だから、ベルリンでの生活で自分ってものの輪郭がハッキリしてきた気がします。自分の目で見て実際に体験しないと納得しない性格なんです。

宮沢 私も同じなのですごくよく分かります。それに一旦日本を出てしまったらそれまでのキャリアなんて関係なくなりますからね。誰も自分のことや日本でのことなんて知らないわけだから言葉も文化も違う国でスタート地点に立つには相当の覚悟が必要になってきますよね。

沙也香 本当にそうですよね! 日本にいた時に否定されることとは違う否定のされ方をする時が絶対来るから日本の価値観で来てはダメだと思います。それに、1年だったらワーホリで誰でも取れるし、どうにでもなると思うんです。でも、1年って住んでるんぢゃなくて観光と変わらないですよね。言葉の問題とかその国に慣れるのに最低1年は掛かるから、2年目からが本当の意味で大変になると思うんです。あなたはもうここの住人になったのよね? って周りが認め始めたら今度はシビアな目で見られるようになりますよね。出来て当たり前って思われる。もう観光客ぢゃないでしょって。それがすごいプレッシャーになりました。

寛子 とあるセレクトショップに作品を持って営業に行った時のことなんですけど、私たちはビギナーなのにすごく優しくて親身に相談に乗ってくれたんです。でも、日本人の営業方法に関して、「君たちの前にもいっぱい日本人が来てるけど、まず売り込みの仕方がなってないよね。上代の付け方さえちゃんと分かってないし、とにかくプレゼンの仕方が下手過ぎる。ビジネスのハウツーが分かってない。これだから日本のアパレル会社は海外からすぐに撤退しちゃうんだよ。」って言われたんです。

沙也香 その時は勉強させて頂きます!! って感じでしたけど、日本のビジネス基準とは全然違うんですよね。門前払いとかもされながらそうゆうことも学んできました。とはいえ、完全なヨーロッパスタイルだけではやりたくないんですよね。日本人の良さを残しつつ、ベルリンでKOTO MAをやっていきたい。空気を読むとか、奥ゆかしさとかって本来日本人の持つ良いところだと思うんですけど、表裏一体で、自分の意見を持ってないって思われちゃう可能性があるからその辺のバランスが本当に難しいですね。

宮沢 どこの会社がどんなひどい営業をしたのか非常に気になりますが(笑)。KOTO MAの2人に関しては何か感じるものがあったんじゃないですかね? 可能性がなかったら丁寧になんて教えてくれないですもんね。海外に住みながら日本人としての誇りや自信を持って好きなことを存分にやれたら最高ですよね。まだまだ始まったばかりで大変なことも多いかと思いますが、今後も2人の活動を応援しています。今日は本当にありがとうございました!!

ベルリン在住のフォトグラファーが東京を訪れた際にたまたま入った店に置いてあったカバンに一目惚れをする。その後、直接作家へ連絡を取ったフォトグラファーと作家との交流が始まる。彼女たちは一度も顔を合わせないままクリスマスにはお互いの作品を贈り合うまでの信頼関係を結ぶ。

そして、4年の月日を得て2人はベルリンでついに顔を合わせることとなる。それが、第二弾となった<KAZUMI TAKIGAWA × ANNE SCHWALBE>なのだ。

すでにステキな物語が生まれている“コト”と“コト”の間を繋ぐ”KOTO MA”は国境を越えて東京とベルリン、そしてヨーロッパの様々な都市を繋いでゆく。エキシビジョンに訪れた人たちは作品から空間から感じ取ったものをまたどこかへ、誰かへと繋げてゆく。彼女たちのフィルターを通して、この街で新たな日本の魅力を発見していきたい。

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photo by:Ryota Abe

本柳 寛子 Hiroco Motoyanagi 
1986年1月3日、お正月生まれ。東京にて TV・映画・広告などの衣裳スタイリスト、また原宿 VACANT でアート カルチャーイベントの企画・運営を経験したのち、ベルリンへ移住。現在は、「ひと」 や「もの」がつながるきっかけをつくるためのフィールドワークを中心に活動中。

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山田 沙也香 Sayaka Yamada 
1990年10月31日生まれ。大学卒業後、アートギャラリーに勤務し、2015 年よりベルリンに生活拠点を移し、現在アートギャラリー「Only Photography」にて勤務しながら、フリーランスで展示企画、アートブックの流通なども行う。
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