『アメリカン・スナイパー』を殺害した男の壮絶な半生に迫る column150320_usa_8

テキサス州に戻ったルースは頻繁にパニックに襲われ、薬物と酒に頼る生活を始めた。父親は変わり行く息子を癒す為に最善を尽くしたが、ルースは自殺未遂を繰り返した。飲酒運転で逮捕もされた。夜中にわずかな物音で飛び起き、母親の部屋まで走って安否を確認した事もあった。一人になるのが怖くて泣きながら母親の手を握り、ベッドに入った夜もあった。ガールフレンドができたけど変われなかった。何度も病院で診察を受けた。ルースはPTSD(心的外傷後ストレス障害)だった。

2013年1月、この日も病院で診察を受けていたルースは薬物の服用によって明らかに常軌を逸していた。母親はしばらく病院で様子を見てもらえないかと医者に掛け合ったが、この時、医者は自宅で安静にするよう母親に伝えたという。そして帰りの車の中で母親は、藁をも掴む思いである事をルースに伝えた。それは地元に住む伝説のスナイパー、クリス・カイルがPTSDに苦しむ退役軍人らを支援する活動に取り組んでいるという事だった。カイル自身もPTSDに悩んだ経験を持っていた為、母親は苦しみを共有できるカイルの存在がルースの為になると信じていた。そしてこの事を聞いたルースもまた、車の中で喜んだという。

ルースの母親がカイルに会うのは簡単だった。カイルの子供たちはルースの母親が働く小学校に通っていたのだ。母親はカイルが子供たちを送るために小学校を訪れた際に、その駐車場で声を掛けた。親身に話を聞いてくれるカイルに母親はルースについて話し助けを求めた。カイルは快く母親に連絡先を渡しルースと会う約束をした。その時カイルは母親にこう告げていた。「釣りでもハンティングでも連れて行ってあげるよ。それか射撃場でもいいですよ」。カイルが射撃場を選ぶには理由があった。PTSDに悩む退役軍人らは射撃をする事で少しずつ心を開き、いろいろな話をし始めるという傾向にあったからだ。

2013年2月2日、カイルは友人と共にルースを連れて射撃場へ向かった。しかし、ルースの心は決して開く事はなかった。そしてあの事件が起きてしまったのだ。射撃場に着いたルースは至近距離から2人を射殺。カイルは背中と脇腹に5発、頭部に1発の銃弾を浴び死亡。自らの経験を生かし、退役軍人らのPTSD克服を手助けする活動をしていたカイルは、皮肉にもPTSDに苦しむ一人の男によって殺害されてしまったのだ。そしてルースは2人を殺害後、カイルの車で逃走を図り警察との壮絶なカーチェイスの末に逮捕された。

カーチェイスの末に逮捕されるルース