第157回 トラベリング

数年ぶりに日本に帰って来た僕を家族は温かく迎えてくれた。「また新聞に名前載ってたわよ、今度は何を発見したんだっけ? 隣の遠藤さんが見つけて切り抜きを持って来てくれたの」「アフリカの大学での講義がニュースで流れたのは私も見た、彼に自慢しちゃった」「そういえば」母さんと妹はいざ話し始めると僕が返事をしようとしまいと関係なく話し続ける。力強い遺伝だ。僕は新種の爬虫類を研究してるんだよ、と言っても会話は全く途切れない。そんなことどうでもいいらしい。僕は仏壇の前で線香を上げながら呟いた。ただいま。父さん。

小学2年生の頃、僕のクラスは合唱コンクール県大会の決勝まで勝ち抜いた。伴奏だった僕は出番の随分前から震えが止まらなかった。ステージに上がりピアノの前に立った時には頭が真っ白。呆然と立ち尽くしたその直後、応援に来ていた家族、クラスメイト達の落胆を感じながら僕は気絶した。それから3日後、僕の家の前に突如バスケットゴールが現れた。庭があるにも関わらずわざわざ道路に向けられて。「この道を通る人全員に挨拶をしながら毎日1時間ここでバスケをしろ」父さんからの絶対命令だった。

中学1年生になってバスケを近所の子供たちに教えるようになった頃やっと僕は解放された。挨拶もバスケも出来ずにボールを持ってただただ道端に座っていた頃の僕とは別人になっていた。あの試練が僕の人生を変えたかはわからない。でも誰とでもすぐに打解ける特技は未だに健在だ。玄関でほこりを被っているボールを手にして道路に出る。あんなに高かったゴールが今はとても近く感じる。誰か通りがかるのを楽しみにしながら、僕はボールを投げた。