第160回 孤独の穴

目が覚めた。ということは俺はまだ生きている。深酒していた呑み屋から出た瞬間に男達に連れ去られ、棺桶のような箱に乱暴に詰め込まれたのは憶えている。運ばれて揺られている間にそのまま寝てしまったらしい。死の危険が迫ってもいつの間にか寝ていた自分に心底呆れる。このぐうたらな性格が自分の人生を狂わせて来たというのに。馬鹿は死ななきゃ治らない。本当に。

「あの政治家を叩くのはもうやめておけ、いつか山に埋められるぞ」こっぴどく上司に言われていたことが現実になった。もちろん予感はあった。監視されている感覚があったし無言電話も続いていた。もっと気をつけていればと今更後悔しても仕方がない。今はもっと気になることがある。「穴」だ。この棺桶にわざわざ開けらている「穴」の理由は一体なんだ。

きっと答えは孤独だ。視界は数センチ。もう誰にも会えないし、どんなに叫んでも声は地上に届かない。自分の無力さを痛感して泣き続け、もがく。最後には涙も枯れて、狂うほどの孤独を味わいながら死んでいく。彼らはそう思ってるんだろう。惜しいな。俺は孤独が大好物。そしてもう一つ大好きなこと。人を落胆させることだ。

何事も無かったように彼らの前に立ち「あんなに静かな場所で眠れたのは久しぶりです、ありがとうございました」と軽く頭を下げる。狼狽する彼らの姿はさぞ痛快だろう。水無しで体が動くのは5日間。いい加減痩せようと思ってた所だしちょうど良い。俺は錆びたネクタイピンを握りしめ、扉に押し付けた。生きるか死ぬか。さあ始めよう。