第69回 追憶のメロディ

たった1曲売れる曲が作れただけで、俺の生活は豹変した。ライブ後にはいくつもの札束とドラッグが楽屋に届くし、裏口にはファン達が長蛇の列を作っている。著名人が集まるパーティー会場では、ボーカルのメアリー争奪戦が毎回繰り広げられた。そんな状況に有頂天になって、ガラの悪い大人達とばかり過ごすようになった俺とバンドメンバー達の距離は急速に離れてしまい、1年後にバンドは解散。その後も酒とドラッグに溺れていた俺は、一緒に暮らしていたメアリーがいつ出て行ったかも知らなかった。20年前の話だ。

先週、地元の音楽番組から突然連絡が来た。1度だけ再結成して演奏して欲しいと言う。貰えるギャラは今の仕事の半年分の給料より多い。あの頃の面影は何も残っていないが、まあまあな借金を抱えてる今の俺に選択肢は無かった。急な連絡にも関わらず、ベースとドラムは快く受け入れてくれた。久しぶりに集まった3人の太った腹が、20年という歳月を雄弁に語っている。俺達は古く小さい車に乗り込み、早速メアリーに会いに向かった。

彼女はタバコ片手に部屋から出て来た。かなり当時よりふっくらしているが元気そうだ。再結成の話に少し困惑した表情を見せつつも、しばらくすると車に乗り込んで来てくれた。「久しぶりね」と言ったメアリーの声はあの頃のまま。かつての歌姫は今やシングルマザーになり、ハンバーガー屋の店員をしながら暮らしているという。

スタジオに向かう車内で、メンバーの1人があの頃俺が作った曲を歌い始めた。俺自身がすっかり忘れてしまっていた歌だ。他の2人もとても懐かしそうに聴いている。再会した時とはまるで違う表情の彼らを見ると、彼らから大好きな音楽を奪ってしまった事を本当に申し訳なく思う。バックミラー越しに初めて目が合ったメアリーが少し微笑んだ。収録は2週間後。まだまだ時間はたっぷりある。俺達はまた「音楽」を取り戻せるだろう。