第79回 不透明のままで

彼女が浮気していると勘違いした瞬間から僕の人生の終わりが始まった。携帯で楽しそうに話している相手が気になったり、いつもより帰りが遅い彼女に何度もメールしたり。僕とは到底不釣り合いな美人と付き合ったばかりに、彼女に対する独占欲は日に日に募るばかりだった。どうしても彼女への疑惑が拭えなかった僕はとうとう一線を越えてしまう。透明になる薬に手を出してしまった。

裸足で外は歩けないから、なるべく目立たない靴を履き、全裸で彼女の後を何日もつけ回した。人として許されないことをしていると自覚しつつ、彼女への倒錯した愛情からなかなか醒めることが出来なかった。結果、彼女は浮気していなかった。むしろ友人達に僕のことを話してノロケている時さえあった。僕は心底反省し、明日のデートで全て話して謝ろうと固く決心した。翌朝、緊張のせいか随分早めに起きた僕は何故か透明のままだった。夕方になっても、そして次の日の朝になっても。

透明から戻れなくなって半年が経ち、僕は誰からも忘れられてしまっていた。行き場のない僕は、しつこく彼女の周りで毎日を過ごしていた。もちろん彼女も僕のことなんて忘れてしまっている。そんな彼女に、ある男が近づいてきたのが1ヶ月前。今日は3回目のデートだ。タクシーでホテルに到着した時に、僕はいい加減引き返そうと何度も思った。でも、部屋の中に消えていく2人を見送ることはどうしても出来なかった。今、抱き合う2人から10センチの距離で僕は立ち尽くしている。手頃な鈍器を探しながら息を殺しているんだ。