第4回 感謝のスパイス

段、男が料理をする習慣が無い俺の国では、一年に一度、夫が家族に料理を振る舞う日がある。「感謝の日」と呼ばれるこの日、朝早くから男達は買い出しに出かける。

なにしろ一年に一度きりの料理だから、大抵の男は張り切りすぎる。いつもは店内に誰もいないスパイスの専門店に、この日に限ってはいい歳した男だらけ。妻の味に寄せるのか、母親の味に寄せるのか、それとも自分の味を追求するのか、皆それぞれの完成を思い描いて、スパイスを決めていく。だが、何種類も味見をしていく内に、味なんてわからなくなっている事に誰も気付いていない。わかっているのはレジに立っているこの店の奥さんだけだろう。

俺も他大勢と同じ思考回路でスパイス調達から始めていた。店内の棚一杯に広がったスパイスの中から、まずはよく耳にする名前のモノを開けて匂いを嗅ぎ、味を確かめる。口を一度ゆすぐ事も出来ないまま次々と試してみる。

かなり時間をかけて、念入りに数種類のスパイスを選んだ。もう店内には俺しかいない。それくらい慎重に選んだ。ようやくレジに運んだ数種類のスパイスを見た途端、一瞬奥さんの動きが止まった。なんだか笑いを堪えている様にも見える。何かおかしいなら教えて欲しかったが、それも恥ずかしくて聞けなかった。

商品を全部バックに詰めた後、奥さんは「たくさん買ってくれたからサービスしておきますね」といって袋を一つバックに入れてくれた。奥さんはニッコリと微笑んで、そのまま、店の奥に行ってしまった。その袋には「ミックススパイス」と書かれている。ふと見ると、レジ奥には大量に袋詰めされた「ミックススパイス」が。

なんて事だ。台無しになりそうな「感謝の日」を彼女がここで食い止めていたなんて。きっと多くの男達がこの奥さんの「ミックススパイス」に感謝しながら料理するんだろう。結局女には勝てないんだ。一年に一度だって。そう考えながら、俺はスパイスの詰まったバックを抱えて誰もいなくなった店を出た。