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MONO NO AWAREの2ndフルアルバム『AHA』が完成した。

彼らの音楽表現は最初から誰にも似ていない。ここからがロック、ここからがポップというボーダーラインもない。それでいて、彼らがクリエイトする音楽像は自然体のまま様々なカルチャーと呼応する同時代性と、現行世界と平行世界の間でトリップするような共時性を帯びている。

今作でその様相はサウンドプロダクションの進化と原風景が浮かび上がるソングライティングによってグッと生々しいものになっている。

筆者は今作のリード曲である“東京”のMV撮影に同行し、ソングライターでありボーカル&ギターの玉置周啓とギターの加藤成順にこのインタビューを実施した。

訪れた場所は、二人のふるさと、東京都八丈島だ。羽田空港から直行便で55分。東京でありながら大自然に囲まれた土地に降り立って湧き上がる旅情は、MONO NO AWAREの音楽と向き合っているときにフラッシュバックする“初めてなのに知っている”という感覚によく似ていた。

MONO NO AWARE 玉置周啓&加藤成順インタビュー|最新作『AHA』と地元・八丈島から見た「東京」 mononoaware_2018_0704_031-1200x1803

Interview:MONO NO AWARE(玉置周啓&加藤成順)

——二人がここ八丈島で出会ったのはいつごろなんですか?

加藤 ちゃんと知り合ったのは高校のときですね。でも、中学のときもちょっと会ったことがあって。

玉置 陸上記録会で一回会いましたね。

加藤 そのときは一言二言交わすくらいだったと思いますけど。

玉置 成順のお母さんは俺の小学校の保健の先生だったんですよ。加藤先生に同い年の息子がいることは知っていたんですけど、陸上記録会でたまたま隣だったのが成順だとは認識してなくて。陸上記録会に来てることはわかってたけど、違う子だと思ってたんです。名前も知らずに石ころを投げ合ったり、ちょっかいを出し合ったりしていた記憶があります。それで長距離走が始まって、成順が「がんばろう」って言ってきてうれしかったので覚えてますね。俺のほうが先にゴールしたんだけど(笑)。

加藤 当時、八丈島には小学校が5校と中学校が3校あって、高校でみんな一緒になるんです。高校の同級生は60人くらいでしたね。

——八丈島は東京都ではあるけど、伊豆諸島の島であって。島の外にある都会としての東京を幼いころの二人はどう見ていたんですか?

加藤 東京という街は島の外にあるという感じでしたね。

玉置 自分が住んでる場所が東京という自覚はなかったですね。だから、都民の日という祝日の意味がよくわからなくて。中1のときに「都民」ってこういう漢字なんだって思ったんです。それまでなんで都民の日が祝日なのかよくわからなかった。

加藤 そっか! それは今わかったわ。東京都民の祝日なのか(笑)。それくらい島は島というか。東京に行くのは旅行という感じでした。遊びに行く場所。

玉置 東京の最初のイメージはディズニーランドでしたし。うちは旅行に行くといったらほぼ毎回ディズニーランドだったので。

加藤 わかるわ!

玉置 で、一番近い本土が東京なんだって大学入学のタイミングで島を出たときに初めて実感しました。埼玉から東京に出てくるのとは違うし、奄美大島で生まれ育って鹿児島に行くというのとも違う感覚だと思うんですよ。都会からしたら八丈島はすごく僻地だと思うし。自然に囲まれて育ってきたのに大学からいきなり大都会のど真ん中で過ごすギャップはすごくありましたね。

加藤 しかもほぼ強制的な感覚というか、高校を卒業したらみんな島を出て本土の東京に行くという流れがあるんです。島に残ってもいいけど仕事がないし。他の地方に行く人も少なくて。みんな本土の東京に行くんですよ。

玉置 俺も島を出ていく場所の候補が東京しかなかったです。どこに行くにしても一回東京を経由するというか。中高生になると原宿に初めて行ってみたりするんだけど、それも全部パラレルワールドみたいな感覚でしたね。

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——ニューアルバムの顔でもある“東京”にも感じる視点だけど、そのパラレルワールド感だったり、ある種の生々しい違和感ってこのバンドの音楽性においてすごく重要なキーワードだと思っていて。八丈島で生まれ育ったバックグラウンドが、MONO NO AWAREの1曲単位でジャンルを横断する複合的なサウンドプロダクションや不可思議なポップネスを帯びた歌に影響を及ぼしているという感覚はある?

加藤 そこは意外と無自覚なんですよね。周啓の性格が大きいと思うんですよね。何もないところから曲を作っちゃうオリジナリティを最初から持っていて。そういう、ここにないから自分で作っちゃえという感覚に八丈島感があるのかもしれないけど、実際のところはわからないですね。僕は小学生からパソコン大好きっ子だったので。小3でブラインドタッチできてましたし(笑)。で、中高生くらいになるとネットで東京の情報や音楽の情報を得てたんですよ。でも、周啓は出会ったときから自分で音楽を作っていて。

——最初はゲームソフトで曲を作っていたんだっけ?

玉置 そう、『大合奏!バンドブラザーズ』で。中1の終わりくらいから作ってました。

——そのころはDTMのことも知らなかっただろし。

玉置 そう、DTM自体も知らないし、もとを辿れば小学校3年生くらいのときに母親が使い終わった携帯電話で着信音を自分で作ったのが最初だったと思います。着信音の3トラックでがんばって曲を作って、それを目覚まし時計代わりにして朝起きてました(笑)。『バンドブラザーズ』もそれに似てるなと思って。『バンドブラザーズ』は8トラックあって、音色も40種類くらいあったのでこれは面白いと思って。それで最初はゲーム音楽みたいな曲を作って。

——そもそもお母さんが使い古した携帯電話で着メロを作るという遊びをするのもなかなか珍しいと思うんだけど。

玉置 カッコいい言い方をすると遊びに飢えてたんですよね。親にゲームを買ってもらったり恵まれていたほうだとは思うんですけど、ゲームもどんどん飽きちゃうので。もっと違うもので遊びたいと思ってたら、たまたま母親が使わないからって携帯電話を渡してくれて。

——だから、誰かの音楽を聴いて自分もこういう曲を作りたいと思ったとか、そういう始まりではない。リスナーから始まってないわけですよね。最初から作曲者側に立っていたというか。

玉置 確かにそうですね。

——それまで自分は音楽が好きだという自覚もなかった?

玉置 う〜ん、なかったですね。音楽が娯楽のトップにあったという感じはなくて。野球もサッカーも楽しんでたし、その中の一つに音楽があって。ピアノを習いに行かせてもらっていた時期もあったんですよ。小3から小6までピアノも習っていたんです。家にピアノがあったのでそれで遊んでたら「ピアノ習う?」って親が言ってくれて。先に妹が習っていたんですけど、「あなたも習えばいいじゃない」という流れで。“カノン”とか練習曲を弾くのがマジで苦痛で(笑)。

——(玉置)周啓にとってピアノの練習は娯楽ではなかった。

玉置 そうだったんだと思います。ピアノの先生の家に行ってもすぐに自分で好き勝手に弾き始めちゃって、先生は呆れてそれを見てるみたいな。でも、そういう自分を認めてくれる先生ではあったんですよ。

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——(加藤)成順が最初にギターに触ったのは?

加藤 父親がギターで弾き語りをしていて。フォークがめちゃくちゃ好きな人で、それで自分も小6のときにアコギを買ってもらって。父親が用意してくれるくらいの勢いだったんですけど(笑)。でも、あんまり弾けなくてすぐに練習しなくなっちゃったんです。小学生から中2までは卓球にのめり込んでいて。並行して小3くらいからパソコンもめちゃくちゃ好きになって。で、中3のときに卓球を辞めたあとにヤンキーみたいな友だちから「バンドやろうよ」って誘われて。彼は僕がアコギをちょっと弾けるという情報を入手して、無理やりバンドに入れたんです。「こいつは超ギターを弾ける」ってプレッシャーをかけてきて。それからめちゃくちゃがんばって練習しました。

——最初はコピーバンドをやってたの?

加藤 ビジュアル系のコピーをやってました。

玉置 全然弾けないのにビジュアル系をやるってヤバいよね(笑)。

加藤 めちゃくちゃ難しかった! 

玉置 高校に入るとバンドをやってるグループがけっこう多くて。 なぜか自分たちの学年はバンドをやりたいという人が多かったんですよね。男の子は半数以上やってた。

——局地的なバンドブームじゃないですか(笑)。

加藤 確かに!(笑)。僕らの世代だけだったんですけど。

——(玉置)周啓はどんな音楽を聴いてたんですか?

玉置 僕はORANGE RANGEとRADWIMPSが好きでした。友だちからSUM41を教えてもらったり、当時の流行の音楽を聴きつつ。俺の父親がハマった音楽を一生聴き続けるタイプで。家の屋根裏が吹き抜けになってたんですけど、そこにデカいCDコンポが置いてあって。CDが6枚入るコンポなんですけど、その6枚のアルバムをずっとループしていて。マイケル・ジャクソンと浜崎あゆみと安室奈美恵とTOTOとあとなんだったかな? 俺はTOTOが異常に好きになって。

——そのラインナップでTOTOに反応するのが周啓らしいかもね。

玉置 そうですよね(笑)。TOTOのメロディが気持ちよくて、3歳くらいから高校を卒業するまで父親が夏になったらそのコンポから音楽を流していたので、TOTOが流れると夏がきたなって思うんです。でも、未だに俺はそんなに音楽について詳しくないので。

——いろんな音楽を掘ってるという感じではないですよね。成順はいろんなジャンルの音楽を聴いてる印象があるけど。

玉置 そうなんですよ。俺はいろんな音楽を掘るのが苦手で。

——掘るよりも自分で作ったほうが早いし、自分で聴きたい曲を得られるという感覚があるのかな?

玉置 今はそんなに思わないですけど、高校のときは人が作った曲を聴くより、自分で作った曲のほうが自分のツボを押さえられるから気持ちいいという感覚があって。人が作った曲にリスペクトがないわけじゃないんだけど、自分で作ったほうが早いし気持ちよかったですね。

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——MONO NO AWAREには変則的な展開の曲も少なくないじゃないですか。あれは自分の気持ちいいポイントを探し当てた結果なのかなと。

玉置 そうですね。そういう感覚ですね。ずっと鼻歌みたいな感覚で作ってます。

——成順はそんな周啓のことを最初から面白いやつだと思っていたと。

加藤 完全に思ってました。本人にもずっと「面白いよ」って言い続けて、一緒にバンドをやろうってなったのも周啓の面白さを広めたいという思いがあったからで。それは今でもそうなんですけど。その思いが一番強いですね。面白いと思うのは音楽面だけではなくて。僕たちが高校受験した日に都内はすごい大雪に見舞われていたんですね。こっちは雪が降ってないんだけど、都立高校の試験は一斉にスタートするので。都心は大雪だから試験の開始時間が2時間遅れることになって、それに合わせて島にいる僕たちは暇になったんですよ。で、周啓が持っていた紙に女の子の好きな髪型をいっぱい書いて、初めて会うやつらに「どの髪型が一番好き?」って訊いていて(笑)。

玉置 ヤンキーみたいなやつらもちゃんと答えてくれて(笑)。ショートカットが1位だったんですけど。

加藤 なんでも作っちゃうのが面白い。絵も描けるから、文化祭のときにポケモンの地図のジオラマを作ったりとか。そういう発想が面白いなって。

——周りからは変わったやつと思われてたんですか?

加藤 意外にそうでもなくて。ちゃんと人として優しい部分もあって、そのバランスがいいんですよね。そういうところが曲にも出てるんじゃないかなって最近すごく思います。めちゃくちゃ振り切れてる部分もあるんだけど、周啓の中でちゃんと咀嚼できているというか。さらに周啓が作った曲をバンドで共有して、肉付けをすると曲として強いものになるのかなって思いますね。音楽として単に尖ってるだけだったらこういう曲になってないなって。

玉置 尖れるほど完璧主義じゃないというのもありますけどね。こだわりきらないというか。曲が完成に近づいてくると飽きてきちゃうんですよ。だから、デモを作ってるときが一番楽しくて。レコーディングになるとちょっと飽きてきちゃう。それはまだ僕がガキなところがあるんですけど、そういうところをメンバーがカバーしてくれてる。人としての部分も音楽的な部分もフォローしてもらってますね。バンドとしていろんなジャッジをしてくれるのが成順で。自分が考えてもみなかったことに成順が気づいてくれて、「確かにそっちのほうがバンドとして映えるわ」って思うことが多いんです。俺より俺のことをわかってるんじゃないかって思うこともあるし。俺が作った曲を活かす術においてもそうで。アレンジもシビアに考えてくれる。すごいなって思いますね。そういうところが成順の才能だなって。

——お互い自分にないものを補い合ってる。

玉置 そう思いますね。

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——ここからは、アルバムの話を聞きたいと思うんですけど、まずリード曲の“東京”という曲をこのタイミングで作ろうと思ったのはどういう思いからなんですか?

加藤 最初は、大学の音楽サークルにいるときに周啓が“東京”という曲を作ったんですよ。曲自体は今の“東京”とかなり変化したけど、原型はある感じで。サビはけっこうそのままですね。で、そのときから僕は“東京”が大好きで。

玉置 歌詞は全然違うんです。当時はシティポップが再勃興していて。サークルの中でも盛り上がってたんですね。僕はMONO NO AWAREでシティポップみたいな曲をやりたいとは思ってなかったので、息抜きで自分なりにシティポップみたいな曲が作れるか試してみようと思ったんです。それで、歌詞も最初は「都会で生きてる自分」みたいな感じで。

——いかにもアーバンな感じというか。

玉置 そう。サウンドもそういう感じで。それから、何がきっかけだったか今パッと思い出せないんですけど、どんどん曲が変化していって。最終的にはサビ以外はメロディも歌詞もアレンジも全部変わりましたね。

——その変化した“東京”をニューアルバムに収録しようと思ったのはなぜ?

玉置 最初は成順の提案でしたね。

加藤 前作をリリースしてから新曲があまりできてなかったというのもあったんですけど、それとはべつに“東京”はMONO NO AWAREでもやれるんじゃないかってずっと思っていたので。それくらい曲が好きだったし。それで、「やろうよ」って提案して。

玉置 俺は「じゃあまた練ってみるわ」って言って。

加藤 “東京”があったからこのアルバムでは島のことを思わせるような曲が生まれていったと思うんですよね。

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——“東京”を軸にどんどん原風景に寄っていったと。

加藤 自分たちのメッセージがある曲というか。

玉置 今回のアルバムで最初にデモを作ったのが“東京”だったので。そのあとに残り9曲のデモを作るってなったときに自然と島の情景とかが浮かんだんです。

——島の自然だったり、通っていた学校の風景だったり。

玉置 自分でも想像以上に島の情景が浮かんだので不思議な感覚になって。もっと違うタイプの曲ができるとイメージしてたんですよ。“東京”よりもキャッチーで、“イワンコッチャナイ”みたいなスーパーダンスナンバーが生まれるみたいな。いや、“イワンコッチャナイ”がスーパーダンスナンバーかは別として(笑)、僕の中で“東京”は踊れる曲というより、歌詞も含めてちょっとヘビーな曲なんですよね。だから、アルバムでは他にもっとライトな曲があって“東京”があるみたいなイメージを浮かべていたんですけど、意外と全体的にヘビーな感じになったなって。それは音というより歌詞が。

MONO NO AWARE “東京” (Official Music Video)

——だからこそ、MONO NO AWAREの原風景と新しい歌の像を同時に広げられているアルバムになっていると思います。アルバムの軸になっているのは、“東京”とラストの“センチメンタル・ジャーニー”だと思うんですね。この曲、解釈を間違えてるかもしれないし、誤解だったらちょっと申し訳ないんですけど、後追い自殺する人の歌のように聴こえるんですね。

玉置 なんでそう思ったんですか? すげぇ。実はけっこうまんまそういうことを歌ってますね。僕と関係性の深い人が、一昨年の夏に島で自殺したんですね。そんなことを曲にするなよって感じかもしれないですけど、すごくショックで。そのあとに『センチメンタル・ジャーニー』というスターンというイギリスの作家が書いた紀行文を読んでいたら、「旅に出る理由は身体的衰弱か精神的衰弱、どちらかの理由があるからだ」ということが書いてあって。なるほどと思ったんですよね。自殺もそれに重なるなと思って。

——この曲は自殺を美化してるわけではないし、自殺という行為自体にフォーカスを当てているのではなくて、自分にとってほんとに大切な人がいて、その人の感覚をいかに理解し、同化できるかというさらに奥のことを歌ってると思うんですね。

玉置 そうですね。なんて言うのかな? その人の告別式にいろんな人が来ていて、これだけ慕われていたんだって俺はグッときていたんですけど、喪主の人が「最後は情けない死に方でしたが——」って言った言葉がすごく引っかかっていて。そう言う気持ちはわかるけど、果たして本人にとって自殺は無念の死だったのかどうか考え始めたら止まらなくなっちゃって。中学生くらいのときも「自殺するやつは負けだ」とよく言ってる子がいて「そうなのかな?」ってずっと考えたんですよ。そういうことを考えるのも好きだったし。いつの間にかそういうことを考えなくなってしまっていたけど、その人の死が呼び戻してくれた感覚があって。情けなくないんじゃないかな、ちょっと旅に出る感覚だったかもしれないなって。キザな言い方かもしれないけど、ほんとにそう思ったので歌詞もそういうイメージで書きましたね。

——《しょうがないよ 彼はもう無重力だから》というフレーズも言葉自体には諦観が帯びているんだけど、この曲ではカラッと聴こえるのが周啓の歌詞らしいなと。

玉置 そこは、《伊代はまだ 16だから》とかけたんですけど(笑)。

——なるほど、そこで“センチメンタル・ジャーニー”というタイトルが活きてくるのか!(笑)。この曲を歌うにあたって、周啓にとってユーモアを忘れないことってすごく重要だったと思うんです。

玉置 ほんとにそう思いますね。うれしいです。自分たちは熱いバンドがたくさんいて、そういう音楽を聴いて育ってきた世代だと思っていて。僕はそういうバンドを否定しないけど、熱い感じでメッセージを投げかけるようなことは自分にはできないなと思って。照れくさすぎて。だから、前のアルバムも歌詞は基本ギャグみたいな感じがあったんですけど。

——でも、今作では踏み込んだ。

玉置 そうなんですよね。自然とそうなったんだけど、自覚はあって。

加藤 いいと思う。

——でも、ユーモアを捨てるのも違うしね。

玉置 そうなんですよ。だからメッセージっぽい感じの曲にもちょっと笑えるところがあればい
いなと思って。

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——あらためて“東京”のリリックにある《ふるさとは帰る場所ではないんだよ》って、周啓はどういう思いで書いたのかなって。

玉置 大学のときに読んでいた坂口安吾の『堕落論』だったかな? 「我々はふるさとに帰ることが仕事ではない」みたいな文章が書いてあって。それがずっと引っかかっていて、ふと思い出したんですよね。坂口安吾は理想主義者ではなくて、「法隆寺は取り壊して駐車場にすればいい」とか言う人だったので。ノスタルジーに浸ることは人間にとってなんの意味もないことなのかなって坂口安吾の本を読みながら感じて。坂口安吾を熱心に研究したわけではないからわからないけど、そういう意識があったから「我々はふるさとに帰ることが仕事ではない」って書いたのかなって思ったんですよね。ただ、それは本心とはちょっと違うかもしれない。無理をしてでもそう言うべきだと思ったのかもしれないと感じて。僕も島に帰りたくてしょうがない時期もあったんですけど、いざ島に帰って昔、従兄弟と遊びに行った海にまた行ったりしてもすごく小さく感じて、幼いころに感じた感覚が全然湧き上がらなくて。

——郷愁に浸れないみたいな。

玉置 そう、浸ろうと思って島に帰ってるんだけど、浸れなくて。それを思うと、ふるさとって場所だけじゃないのかもしれないなって。場所ではなくて、ひさしぶりに会う人と話してやっと島に帰ってきたという感覚を覚えるから。無理やり過去の思い出を引っ張り出してあのころはよかったという気持ちを持ちながら過ごすことって違うなと思ったんです。今の自分は気張ってでもそういうことを言う時期なのかなとも思うし。だから、30歳くらいになったら「ふるさとは帰るべき場所だ」って言ってるかもしれない。

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——子どもができたら自分の原風景を見せたいと思うだろうし。

玉置 そうそう。でも、今はただ島に帰っただけでは心が動かないということは、今の自分にとって島はふるさとに帰ってきたからといって浸れる場所ではないんだなって思う。島が変わったというより、自分が変わったんですよね。

加藤 逆に東京でめちゃくちゃ雨が降ってパッと晴れて空気が蒸し返したときにめちゃくちゃ島を懐かしく思ったりするし。島に帰ってきてもやることがなくてNetflixを観ちゃうとかね(笑)。

玉置 あるね(笑)。

——今は東京にやるべきことがあるからね。

玉置 そう。それが幸せなことだから。失敗したときに一番ふるさとの温かみを感じられると思う。

——どんな自分でも許してくれる場所だし。

玉置 そういうことだと思うんですよね。ふるさとって、無償の愛ということなのかなって思いますね。

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RELEASE INFORMATION

『AHA』

2018.08.01
MONO NO AWARE
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詳細はこちら

EVENT INFORMATION

MONO NO AWARE 『AHA』リリースツアー<OHO>

2018.09.28(金)札幌COLONY ※ゲスト有り
2018.10.12(金)福岡 the voodoo lounge ※ゲスト有り
2018.10.13(土)広島4.14 ※ゲスト有り
2018.10.26(金)仙台enn3rd ※ゲスト有り
2018.10.30(火)大阪 Shangri-la ※ワンマン公演
2018.10.31(水)名古屋 TOKUZO ※ワンマン公演
2018.11.16(金)東京LIQUIDROOM ※ワンマン公演
詳細はこちら

text & interview by 三宅正一

Qetic編集部

Qetic編集部

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