映像をワンカットで撮るということは、カメラの前の撮影対象が存在している時間をリアルタイムで切り取るということです。

映画でもドラマでもMVでも、映像作品はオープニングからエンディングまで、そのドラマの中で時間の経過が描かれるわけですが、それらは通常、いくつかのカットを繋ぎ合わせた一種のコラージュによって構築されています。つまり、映像の中で流れる時間と撮影中の時間の流れには、ラグや齟齬、断絶が存在しているのです。

反対に、ワンカットの長回しによって撮影された映像には、カメラの録画ボタンが押されてから、それがオフになるまで、一貫した時間の流れがそっくりそのままパッケージされることになります。

単純かつ当たり前のポイントですが、こうした時間こそがワンカットの長回しによって撮影された映像の大きな魅力だと思います。その時間の中に、様々なクリエイティブが投入され、意欲的な作品がこの世に誕生してきました。

では、そのワンカットに収められた時間を撮影後に意図的に操作してみたらどうなるか? そんな一工夫を加えたアイデアによって、スペクタルな映像を生み出したMVを今回はご紹介させていただきます。

Mutemath – “Typical”

アメリカのロックバンド、MUTEMATHによる“Typical#は、一発撮りの映像を逆再生して、不可思議で斬新な視覚体験を観る者に与えてくれるMVです。

ギターロックにニューウェーヴっぽい手触りを加えたサウンドで、玄人筋からも支持を集めるMUTEMATH。<SUMMER SONIC>に度々招聘されるなど、ここ日本でもお馴染みのバンドです。

そのバンドサウンドと同様に、どこか捻くれたポップセンスが感じられるこのMVは、批評家からの評価も高く、グラミー賞にもノミネートされました。

逆再生もワンカットと同様に、MVの世界でユニークなビジュアルを表現する為にしばしば使用される映像表現ですが、それを長回しと組み合わせることによって特異な時間感覚を有しった特異な映像作品となった“Typical”のMV。

背景の電飾やジャクソン・ポロックのドリッピング的に降り注ぐペンキ(インディーロックファンとしては、思わずThe Stone Rosesの1stアルバムのジャケットを連想してしまいますよね)も、どこかファンタジックなニュアンスを醸し出しており、映像の中でよいアクセントとなっています。

“時間を巻き戻す”というアイデアによって、ワンカットの長回し映像に更に一捻りを。様々な創意工夫が施されるMVの中でも、成る程、有名な音楽賞へのノミネートも納得の2000年代における傑作MVの一つです。