第86回 近寄る蜘蛛
割れるような頭痛で目が覚めた。すぐに起き上がって水を飲みたい所だが、体は金縛りにあったかのようにぴくりとも動かない。昨日はそこまで酒は呑んでないはずだ。記憶が少し曖昧だがこの安いラブホテルに入った所までは憶えている。確か同窓会にいた女と一緒だった。高校卒業以来の20年振りの同窓会で、ほとんどのクラスメイトの顔と名前が一致しなかったからどこの誰かもわからずホテルに連れ込んだんだ。なんだか悪寒もする。俺は一体どうなってるんだ。
ドライヤーの乾いた音が薄暗い部屋に響き始めた。俺はそこにいる誰かに「君、ちょっと助けてくれないか」と言ってみたが声にならない。塞がらない自分の口から呼吸が漏れる音が聞こえただけだ。やはりおかしい。俺はもうパニック寸前だった。しばらくするとドライヤーの音が止まり、髪の長い女が俺を覗き込んだ。知ってる。俺はこの女の顔を知ってる。高校時代の音楽担当の女教師にそっくりだ。きっとあの教師の娘だろう。あの事件の真相を知って復讐しに来たに違いない。
そこで目が覚めた。それは昔から何度も見てきた悪夢だった。全身から汗が噴き出している。きっと死ぬまで忘れられないが、あの事件はもうとっくに時効だ。法律的にも責められる事はないはずだ。昨日の同窓会でも誰もあの事件の事は話さなかった。部屋を見回すとまだ薄暗く、朝までは時間がありそうだ。気分転換に熱いシャワーでも浴びよう。しかし昨日は久しぶりに呑みすぎたな。ここが何処なのかもわからない。あれ?体が全然動かないぞ。仰向けのまま起き上がれないでいると、部屋の奥からドライヤーの音が聞こえてきた。それは蜘蛛が巣を張る時の音にとても良く似ていた。