昨年から続くコロナ禍が猛威をふるい、今年のゴールデンウィークはおうちで過ごす人も多いのではないでしょうか? おうちにいる機会に、ゆっくりと写真を眺めたり、こだわりの質感を感じることのできるアートブックにも注目が集まっており、Qeticでも『アートブックノススメ』として、毎月編集部がピックアップしたアートブックを紹介しています。

今回はゴールデンウィーク特別版として、クリエイターアーティストのオススメの書籍をご紹介! アーティストたちの本棚にはどんな本が並んでいるのか、中でもオススメの一冊とは!? リアルな本棚の写真と共に、お気に入り書籍の紹介コメントも。長く休みが続くゴールデンウィークのお供となる本を見つけられるかも!

今回はmaco maretsが『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』をピックアップ!

maco marets -『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』

アートブックノススメ:番外編| maco marets-『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』/池上岑夫訳 column210501_maco-marets-04

今回選んだ詩集『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』(池上岑夫訳/彩流社/1985年)は、ポルトガルの「国民的詩人(この表現は帯の文句の受け売りです)」、フェルナンド・ペソアとその「異名」による作品をおさめたものです。

「異名」とは、アルベルト・カエイロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポス……すべてペソアのオルターエゴとして創出された詩人たちのこと。本書はペソアというひとりの人間の手によって書かれながらも、その「異名」ごとに筆致を異にしています。つまりはペソアと3人の「異名」の詩人によるアンソロジーのようにも読むことができるつくりになっているのです。

あとがきの解説によれば、彼ら「異名」の詩人たちはペソア本人と独立した存在である、したがって「変名」とはその性質を異にするということが述べられています。なんてたってペソアは、それぞれの「異名」の人物たちの生没年や身体的特徴まで決定していたのだとか! それらはある種の精神的な症状として現れた別人格ではなく、冷静に「発明」、開発された人物であるという点においても特異であり、徹底して「自己の唯一性」といった信仰から距離をおくその姿勢がとびきりクールです。

そうしたペソアの冷静さは、四者四様の筆致の奥底に共通する手触り……どこか非・人間的な、低体温なトーンとしてあらわれています。たとえばアルベルト・カエイロという「異名」のパートでは、

お前は風が吹くのを聞いたことがないのだ
風が語るのは ただ風についてだけ
お前が風から聞いたことば それは虚言だ
そしてその虚言はお前に在るのだ

(『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』(池上岑夫訳/彩流社/1985年)p.57-58)

なんて、手前勝手な感傷をばっさり切り捨てるフレーズが印象的。またしても解説からの引用になりますが、ペソアは「感傷を厳しく拒絶」し、「自己の感動をみつめそれを分析」しようとしていました。とくにカエイロという「異名」のとる超然的なスタンスはペソアにとってひとつの理想であり、そして同時に限界点でもあったようです……(作品数は少なく、ペソアによって1900年代初頭に早逝したとされている)。

とかく、別箇の存在たる「異名」を創出し、詩を書く(そして場合によっては殺す)という一連の過程そのものが、個人のことばでは捉えきれない世界のありよう、解説のことばを借りるならば「自己の感動」、それを喚起する「解明不能な世界の神秘」といったものを多重のまなざしでもって見つめ直す作業なのだと思います。

それは拙いながらも、わたしが本名とは別に「maco marets」という「異名」をもって挑まんとする営みのひとつの極地なのです。……ペソアのように実践するとしたらば、もしかするといつか「maco marets」を抹殺することもありえる、かもしれません。

ぐだぐだと書いてしまいましたが、本書はペソアと3人の「異名」の詩人、それぞれのキャラクターを含めてひとつの詩作品として楽しめるたいへん面白い一冊になっています。気になった方はぜひお手に取ってみてください。

アートブックノススメ:番外編| maco marets-『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』/池上岑夫訳 column210501_maco-marets-03

購入はこちら

PROFILE

maco marets

アートブックノススメ:番外編| maco marets-『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』/池上岑夫訳 column210501_maco-marets-01
1995年福岡県生まれ。2016年に東里起(Small Circle of Friends/Studio75)のトラックメイク&プロデュースによるアルバム『Orang.Pendek』で「Rallye Label」よりデビュー。その後セルフレーベル「Woodlands Circle」を立ち上げ、『KINŌ』(18)『Circles』(19)『Waterslide III』(20)、そして最新作の「WSIV: Lost in November」(21)とコンスタントにアルバムリリースを続けている。近年はEテレ『Zの選択』番組テーマソングや、Maika Loubte、Shin Sakiura、LITE、maeshima soshi、Mimeほかさまざまなアーティストとのコラボレーションワークでも注目を集める。
詳細はこちら

WSIV: Lost in November

アートブックノススメ:番外編| maco marets-『フェルナンド・ペソア詩選 ポルトガルの海』/池上岑夫訳 column210501_maco-marets-02
ダウンロード・ストリーミングはこちら

また7月上旬にはリードトラック「L.A.Z.Y. feat. さとうもか&Shin Sakiura/Samuine feat. ggoyle」の2曲を収録した7インチ盤も販売決定(現在予約受付中)
予約はこちらから

アートブックノススメ