第100回 思い出してごらん

ここは随分と山奥にある寂れたお寺。もう誰も管理していないから草も伸び放題だし境内もすすだらけ。でも私はわざわざここに来ている。とんでもなく1人きりになりたいから。毎日、朝の満員電車からお酒臭い終電まで乗りこなす私には、こんな静まりかえった時間がとても重要になる。だから私はここでお気に入りのハーブティーを飲み、木々の揺れる音を聴きながらただ眠るのだ。もう何時間くらい眠ったのだろう。腕時計を見ながら起き上がると、ふとそこに1匹のサルが座っていた。そしてぼんやりしている私に向かって、サルは静かに話しかけて来た。

「もう何10年も昔のことだけど、僕には一緒になろうって決めた娘がいたんだ。でも僕たちは警官と遊女だったからどうしても結婚出来なくて、このお寺で心中したんだ。なにしろ若かったからさ。だから次の人生は絶対にあの娘と一緒になろうって思ってたんだけど、見ての通り僕はサルに生まれ変わってしまった。怖くて山からは下りていけないし、こんな姿じゃあの娘だって気づいてくれない。でももしかしたら、君があの娘の生まれ変わりなんじゃないかと思って目が覚めるのを待ってたんだ」

残念ながら今の私には前世が遊女だった欠片も無いけど、うなだれている彼の姿を見ているとなんだか可哀想になってしまって「その娘は私では無いと思うけど、もし思い出したらまたここに戻って来ますね」と言うとサルは小さく頷いた。人恋しいのか、身支度をしてお寺を離れる時までサルはずっと私の側から離れなかった。生まれ変わったら何になりたいだろう、帰り道にそんなことを考えながら私は黙々と山道を歩いた。そして地図もなしに山から抜けた瞬間、私は言葉にできない「何か」を思い出した。それは古い階段だろうか、それとも鬱蒼とした風景だろうか、それとも。私はここを知っているかもしれない。もうずっとずっと昔から。