第117回 この人を探しています

10年に1度くらいの頻度で私立探偵が流行する。おそらくTVドラマや漫画の影響だと思うが、その度に目をキラキラ輝かせた若者達が我が探偵事務所に詰めかける。私は深いため息をつきながらドアに近づき「帰りなさい」と言い続ける。何を勘違いしているんだ。ドラマチックな探偵の仕事なんて100件に1件。いや、もしかするともっと少ないかも知れない。

そんな中でも、私が良く憶えている案件がある。80歳を過ぎたお婆さんから、戦時中に生き別れた姉を探してくれという依頼だった。60年以上も消息の無い人を探すのは経験上厳しかったが「どうしても」と何度も頼まれて渋々受けてしまった。古い白黒写真だけを頼りに全国を探しまわること数ヶ月、とうとう私は見つけた。まだまだ元気なお姉さんは、毎週のように歌舞伎に通っているらしい。

依頼人も大の歌舞伎ファンということなので、歌舞伎座で姉妹は再会することになった。私はひとつ後ろの席に座り、60年振りの姉妹の再会を見守る。すると依頼人が劇場に入って来た。表情はやはり緊張している。席を見つけ、私達に近づいて来ると思いがけない言葉を口にした。「あら、よし子ちゃん今日も来てたのね」「違うの、ちよ子ちゃん。今日は生き別れた妹とここで会う予定なの」

私は開いた口が塞がらなかった。60年前に生き別れていたはずの2人は、実は何年も前からの親友だったのだ。説明するまでもなく2人は全てを悟り強く抱き合った。涙する2人の横顔は本当に良く似ている。私の数ヶ月間の苦労が報われたのか、無駄だったのかはわからない。ただこんな瞬間に立ち会えるのだから、探偵はまだまだ辞められそうにない。