第142回 感情論

ロボットに感情を持たせることが解禁されたのは2年前。倫理的に問題があるとして日本ではなかなか規制が緩和されなかった。でも人間同士の付き合いに限界を感じている僕を含む大勢にとっては、これまでに無い嬉しいニュースだった。技術は随分と進んでいたようで、時間が経つごとに会話も変化するし、ロボットではなかなか難しいとされていた「怒り」の感情も表すことが出来る。購入するには高級車が一台買えるほどの金額が必要だが、これまで人付き合いもせず、会社と部屋を往復していただけの僕には安いものだった。

年齢、性別、身長、体重に加えて、肌の色、顔の作り、髪の長さに至るまで課金しながら注文する。どこかで止めなければいけないのに、せっかくだからとついつい希望が多くなってしまう。なかでも話し方を選ぶときが一番苦労した。「おとなしめ」「おしゃべり」「声高め」「ゆっくり話す」からはじまり「関西弁」「博多弁」まである。どんな彼女が僕に合うかなんてまるで分からない。なんたって僕には生まれて初めての彼女だ。

彼女が届いた翌月、早速僕たちは引っ越しを決めた。ワンルームだった僕の部屋はせま過ぎて、彼女が不機嫌になったからだ。会社から遠くなるし、家賃が随分上がるけど仕方がない。助手席に座ってください、と言ったけど「私はロボットだから」とそそくさと家財道具と一緒に乗り込んでしまった。もう何日もまともに会話していない。これが普通の人間の女の子だったらどうなんだろう。バックミラー越しに彼女を覗く。機嫌は相変わらず悪そうだ。こんな時どうしたら良いか分からない。まったく。こんなに疲れる日々は生まれて初めてだ。