第152回 俺たちに明日はない

僕たちは生まれた時から一緒。ブリーダーの繁殖作業により僕らは生まれた。だから父親も母親も知らない。でも不思議と寂しいなんて感じたことは無かった。同じ境遇の兄弟達が周りにたくさんいるし、次から次へと弟や妹が増えていく。あまりにも多くて名前を憶えられないくらいだ。そんな中、誰もが知っているのがマルコという女の子。僕はマルコが好きじゃない。大嫌いだ。

僕たちは小さい頃に売れなければ生きている価値がない。大きくなり過ぎた兄弟達がいつの間にかどこかに連れて行かれて、そのまま戻って来ないことは度々ある。口には出さないけど僕たちはそんな現状をどこかで理解している。暗黙のルール。だから僕たちはなるべく陽気に日々を過ごす。でもマルコがそれを乱してしまう。生まれつき足が不自由なマルコは、皆と同じ早さで歩くことは出来ない。だから特別にリードも外されて散歩をする。僕らから遅れないように脇目もふらずに一生懸命に歩いても、その差はすぐに開いてしまう。僕らはマルコが追いつくのを待って、また歩き始める。それを何回も何十回も繰り返す。思いっきり散歩を楽しめないストレスが僕らの中で日に日に高まっていた。

その日もマルコは一人遅れて歩いていた。「またあいつのせいで」とマルコを振り返るといつもと様子が違う。随分離れた場所でマルコは立ち止まっていた。あれ?と思った僕とマルコの目が合った。その目を見た瞬間、僕は気づいた。マルコは脱走する気だと。僕は小さく頷いた。マルコは後ろを振り向き、歩いて来た道を戻り始める。ゆっくりとゆっくりと僕たちから離れていくマルコに「さようなら」と声をかけることも出来ずに僕は前を向いて散歩を続けた。みんながマルコを振り返らないように僕は声高に一人喋り続ける。早く逃げろマルコ。もっと早く。