第156回 安全第一

ほんの一瞬悲鳴が聞こえた。振り向くと固めていたはずの土砂が崩れ落ち、作業穴は完全に塞がっていた。1本の腕だけが土砂から突き出ている。穴の中で作業していたスズキの腕だ。目の前で音も無くもがき続ける不気味な腕。俺とムラタはその必死に動き回る腕を見ながら思わず笑ってしまった。

スズキの女好きは会社中の誰もが知っていた。一緒に居酒屋に行けばどんな女でもすぐに口説き始める。話が面白いのか女達はすぐにスズキと仲良くなり、俺達の席に移動して来て酒を飲み始めたと思ったら、いつの間にか2人の姿は消えている。連れの男がいてもこの調子だから何度かトラブルに巻き込まれたこともあった。それでも「良い加減にしろよ」と俺達は笑っていた。自分たちの妻を寝取られていたとも知らずに。

置き忘れたスズキの携帯にムラタの妻から着信があったことから全てが発覚した。まさか俺の妻の裸の画像まで出て来るとは思ってもみなかったが。俺とムラタの決断は早かった。「なるべく早めがいいね」「来週の水曜でどうでしょう」「そうしようか」

突き出たスズキの腕の動きが鈍くなってきたところで水道管の調査もちょうど終了。俺達はスズキと最後の握手をして作業溝から上がった。どうやら水道管には異常がなかったようだ。見下ろすとスズキが手を振っている。まるで「さよなら」とでも言うように。ゆっくりと。また、ゆっくりと。