第179回 復讐

立てこもっていた犯人が屋上に現れた。「赤いセーターの男に襲われている」という人質からの通報から約50分経過。すでに近隣の住民の避難と封鎖は完了し、俺の指揮する狙撃隊の配備も整った。本部から合図があれば1秒後に犯人はあの世行き。さっさと済ませて昼から呑みにいきたいもんだ。一体どんな奴が犯人なのか気になり、部下が狙っているライフルのスコープを覗いた。そんなまさか。嘘だろ。

スコープの先には俺の父親が立っていた。見た目はずいぶん落ちぶれているが間違いない。10年以上音信不通だった父親とこんな再会なんて。「隊長どうかしましたか?」部下に言われて我に返り、スコープから離れた。ひどくおびえた表情が気にかかる。何をやっても駄目な男だったが人を傷つけるような人間ではない。何かがおかしい。

これはオトリだ。犯人は赤いセーターを父親に着せて屋上に行かせ狙撃させ、人質に紛れて逃亡する気だ。このままではまずい。「狙撃開始!」という本部からの声と「作戦中止! 狙撃は中止だ!」という俺の声が重なった。と同時に銃声が響き、赤い対象は膝から崩れ落ちた。ちくしょう! 俺はすぐにピストルを握った。悲しむのは後だ。胸が張り裂けそうになりながら、解放される人質の列へ走った。