第190回 我輩はゴミである。名前はもうない。

他人とコミュニケーション出来ない俺にとって、ゴミ収集は最高の仕事だ。キツいし汚れるし。いくら洗っても手の平から匂いは取れないが、誰とも話すことなく1日を終えて金が貰えるならそれくらい余裕だ。分別も俺には関係ない。どうせ全部燃えるだろ。跡形もなく。

今朝の最後のゴミ収集所はオフィス街の交差点。通勤者の中を居心地悪く歩いていくと、ビニール袋に入った男がゴミの中にいるのが見えた。酔っ払っいだったら蹴りとばせば終わり。でもこの男は寝ているわけでもふざけているわけでもなく、ただうなだれている。男の顔に刻まれた何本もの深くて黒いシワは、長く続いた浮浪者生活を思わせた。

赤の他人に話しかけるのが、いつぶりか思い出せない。そもそもどんな言葉をかければいいのか想像もつかない。ゴミ男に気づいた人々が集まり始めた。俺がゴミ男をどうするのか遠目から見守っている。俺は混乱して来た。注目されるのが大嫌いなんだ。俺はゴミに駆け寄り、次々と収集車に投げた。ついに男の番になってもゴミ男はピクリともしない。もう構うもんか。俺は首辺りを掴んでゴミ男を収集車の中に投げ入れた。この軽さは一生忘れられそうにない。

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