第13回 傘の男

は傘を差し出していた。

僕が感じる限り、今のところ雨の気配は全く無い。それでも朝から何時間もこの場所でそうしている。目の前の喫茶店でコーヒーを運んでいる僕は、傘の男が気になって仕方がない。どんな目的があって歩行者に傘を差し出しているのだろうか。しかし本人に聞きに行くような勇気はもちろん無い。もし行ったとしても明らかに難解で面倒な会話になるはずだ。

そんな事を考えながら眺めていると、男がおもむろに傘の男に近づいて行く。傘に興味を持ったのか、あるいは男の行動に興味を持ったのだろうか。男は笑顔まじりで何か話しかけたが、声をかけられた傘の男は、相手の顔を見上げもせずただ首を横に振った。何度か話しかけてる様子だったが、黙って首を横に降り続ける傘の男に愛想を尽かし、離れて行ってしまった。

その光景を見て「これは約束なんだ」と僕は直感でそう感じた。誰彼構わず傘を差し出しているわけではなく、決まった誰かを待っているんだ。昔愛し合い、結ばれなかった女性かもしれない。数十年前に亡くなった息子の命日かもしれない。この日この場所で傘をさすという行為が、男にとってとても重要な事なんだろう。そう考えるとますます傘の男に興味が湧いて来た。喫茶店はちょうどお客が誰もいなくなった所。僕は急いでテイクアウトのコーヒーを2つ用意して外に出た。