第37回 遠く響く太鼓

不孝のバカ息子より、よっぽど良い顔してやがる。バチを握る腕もあんなに逞しい。あれでこそワシの継承者だ。一度は代々続いた家元の歴史をワシで終わらせてしまおうと諦めていたがこれでもう大丈夫だ。今日の酒は一段と美味いぞこりゃ。美味いなんてもんじゃない、きっと今夜でポックリ逝っちまっても良いくらいだな。

あの子が口をきけなくなってからもう8年か。過ぎてしまうとあっという間だな。まあ父親と母親を事故でいっぺんに亡くしたんだから無理もねえが。部屋から出てこなくなったあの子の事を毎日ばあさんと話し合ったもんだ。結局何にも出来なかったけどな。でもたまたま獅子舞の演奏の準備をしてる時に、通りかかったあの子の思い詰めた様な視線をワシは見逃さなかった。「付いてくるか?」って聞いたら小さく頷きやがった。やっぱり血が騒ぐんだろうな。父親に少しでも近づきたかったのかも知れねえけどな。

それからのあの子は凄かった。学校にはほとんど行かないくせに太鼓だけは毎日何時間でも練習してやがる。手の平なんかバチを強く持ちすぎてタコだらけになってたな。でもワシは止めなかった。町内で一番人の集まる秋祭りが初舞台だぞ、と言ってあったからな。あれから3年、本当によく頑張ったもんだ。なあ、どうせどっかで見てるんだろバカ息子。いよいよてめえとそっくりな横顔してやがる。いつかこの子はまた話すかなあ。てめえと同じ声してたら笑っちまうなあ。
きっと横で泣いてるだろうばあさんにもよろしくな。