第41回 涙が見えない

京とニューヨークでの遠距離恋愛がスタートしてから3度目のクリスマス。段々視力を失ってしまう難病にかかってしまった彼に会うのは半年振り。前に会った時には既に視力はかなり落ちていて、レストランのメニューもよく見えずに、私が読んであげるほどだった。きっと今回のクリスマスが、彼が見る事が出来る最後のクリスマスになると思う。だからどうしても思い出に残して欲しくて、彼には「緑の帽子を被って来て」と伝え、私は内緒で思い切って髪を赤く染めた。

待ち合わせの交差点で彼を見つけた。まだ彼は私に気付かない。携帯を見ることも無く、辺りを見回すでも無く、ただ突っ立っている。きっと緑の帽子を探すのも、ここに辿り着くのも大変だったに違いない。そう思うと急に胸が苦しくなった。何度か深呼吸してから信号を渡る。私は彼の目の前まで近づいて名前を呼んだ。突然の事で驚いたようだけど、彼はすぐに私を強く抱きしめてくれた。すると彼は、私の髪が赤い事には全く触れずに「ずいぶん髪が伸びたね」とだけ言った。その時、彼がもう完全に視力を失ってしまったんだと気付いた。

私は「髪を赤くして来たの」と言いたかった。でも、もしかしたら彼は視力を失った事実を隠したいのかもしれない。そう思うと彼に何も言えなくなってしまった。私は彼の手を引いてゆっくり歩き始めた。窓に映る自分の髪を見るたびに切なさがこみ上げる。ずっとずっと涙が止まらない。笑顔の彼にはもう見えないけれど。