第42回 恋するボーイズ

2年間1度も山から下りなかった僕は、都会のあまりの電気の眩しさと人の多さに既に参ってしまっている。普段はよく喋る相棒もさっきから口数が少ない。後ろを歩く師範も心無しか緊張しているように感じる。高校卒業するまで仏教に興味の無かった僕は、寺育ちの修行僧に追いつくために、数ある修行の中でも1番厳しいと言われていた山での寺修行を選んだ。15人ほどいた同期達も今では僕と相棒の2人だけ。苦難を一緒に乗り越え、今では兄弟の様な存在だ。今日は大晦日でどの寺も人手が足らず、師範の知り合いの寺の手伝いに駆り出された。僧侶となって初めて一般の人々と交流する事になる。

大きな失恋がキッカケで仏の道に入る人は決して少なくないらしい。かく言う僕もその1人だ。中学、高校時代の6年間ずっと好きだった女の子にあっけなくフラれ、もう生きていても仕方ないと思っていた所に僧侶の求人を見つけて、半ば自暴自棄で修行に入った。限られた人達だけでの生活は意外にもストレスが少なく、人付き合いが苦手だった僕でも寺での生活に馴染んでいくことが出来た。前の生活で活発だった人ほど、ここでの生活は厳しく感じるようだった。

今日僕が1番心配していたのは「女性」の存在だ。この2年間は女性を見かけることも無かったし、最近ではあまり思い出すことも無かった。でもいざ目の前を歩くミニスカートの女性を見たら僕は一体どうなってしまうんだろう。そう考えていた。しかし、僕の心は全く動じない。辛い修行の成果はやはり間違いないものなのだ。そう確信する中で、1つだけ気になり始めた事がある。それは「男性」だ。

それは相棒の表情を見ても明らかだった。ひっきりなしに男性を目で追いかけている。僕は「今すぐ山に戻りましょう」と後ろにいる師範に何度も言おうと思った。でもどうしても言えない。だから諦めてそっと相棒の手を握った。思いがけない興奮が僕たちの体中を駆け巡るのがわかる。師範の目を盗んで僕らは何度も見つめ合った。今夜いくら鐘を突こうが、この煩悩の火はなかなか消せそうにない。