第49回 夢のカルフォルニア

が交通事故にあったと連絡があり、急いで病院に駆けつけた。命に別状は無いと言われたけど、まだ意識がないままだった。そしてそのまま何日間も意識が戻らなかった。「音楽聴けなくなったら殺して」と言っていた姉のために、私は彼女がいつも聞いていたサブライムのCDとラジカセを病室に持ち込んだ。目を閉じたまま静かに聴いているなんて。この曲を聴きながら部屋で踊り狂っていた姉とはまるで別人だ。「起きて」と祈りながら、私はこのCDを何度も何度もリピートさせた。そんな時、サブライムのボーカルの死を知った。遠く離れたカルフォルニアで彼は死んでしまったという。

姉の意識が戻って3日後に彼の死を伝えた。自分が下半身不随になってしまったという事実、そして大ファンだったアーティストの死。まだ中学生だった彼女には堪え難い事ばかりだった。それからしばらく姉は何も食べなくなり、何も喋らなくなってしまった。朝から晩までヘッドホンをして、溢れる涙を拭くことも忘れてサブライムを聴き続けている。そんな姉を見ながら、私は何も言えなかった記憶がある。病室の外に出て座り込み、私も一緒に泣くばかりだった。

あの交通事故から20年。今は別々に暮らしている姉から「カルフォルニアにお墓参りに行きたいから連れて行って」とメールが来た。突然だったけど、彼女から何かをお願いされる事なんてほとんど無いから凄く嬉しかった。すぐに手配をして、私達は2週間後にカルフォルニアに到着した。「空港に着いたらすぐに墓参りに行きたい」と言う姉を車に乗せて墓地に向かった。墓地に着くまで彼女は一言も話さない。きっと彼に話しかける言葉をいくつもいくつも考えているんだと思う。邪魔しないように私も黙っていた。車窓からの景色が、彼が歌っていた音楽とリンクしていくのがとても心地良かった。もし彼が生きていて「20年前にあなたの歌声が異国の女の子を救ったの」と言われたらどんな顔をするのだろうか。

広大な墓地を前に呆然としている日本人を見て同情したのだろう。芝刈りをしていた黒人さんが彼の墓まで案内してくれた。「普段は絶対教えないんだけどね」と言いながら彼はまた芝刈りに戻って行った。姉は刻まれた彼の名前を見て「本当に死んじゃったんだね」と呟き、車椅子から降りて墓石に近づく。今は周りに誰もいないし、2人きりにしてあげたくて私はそこから少し離れた。姉はそんな私に振り向き、照れ笑いをした。そして墓石に優しく触れながら静かに語り始めた。妹の私でさえ見たことのない無邪気な表情で。