本当は心が安らぐはずの家庭が、恐ろしい場所になる。そんなドメスティック・ヴァイオレンス(DV)の恐怖を描いた映画『ジュリアン』は、11歳の少年、ジュリアンをめぐる物語だ。ジュリアンの両親は、現在、離婚調停中。ジュリアンはママのミリアム、姉のジョセフィーヌと一緒に暮らしているが、週末はパパのアントワーヌと過ごさなければならない。次第に暴力的な行動を見せ始めるアントワーヌ。ジュリアンは必死で母親を守ろうとするが、ジョセフィーヌのバースデイ・パーティーの夜に事件が起きる。

社会問題とサイコ・サスペンスを融合させたような本作は、2017年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した。監督は本作が長編デビュー作となった新鋭、グザヴィエ・ルグラン。ジュリアンを演じたのは映画初出演のトーマス・ジオリア。来日中の2人に話を訊いた。

DVの恐怖を描いた映画『ジュリアン』|来日中の監督グザヴィエ・ルグラン、主演トーマス・ジオリアが語る制作の裏側 julien_02

Interview:グザヴィエ・ルグラン&トーマス・ジオリア

——今回、DVを題材に選んだのはどうしてでしょう。

グザヴィエ・ルグラン(以下、ルグラン)
 まず、悲劇が描きたいと思ったんです。そして、家族についての物語を描きたかった。自分を守ってくれるはずの家族が、突如として危険なものになりうるということを。今や夫婦間の暴力は現代病みたいなものですからね。

——とてもリアルな描写でしたが、DVについて撮影前に下調べをされたのでしょうか。

ルグラン 様々な被害者会に参加して、被害者の方から話を訊いたりしました。ある被害者の女性はこの映画を観て、「私が経験した恐怖や、私が考えていたことがすべて映画に描かれていた。まるで私の物語みたい」と驚いていました。

——役者の演技も真に迫っていました。監督は俳優としても活動されていますが、監督として役者に演出する時に気をつけていることはありますか。

ルグラン なるべく俳優の立場に立つようにしています。上から目線の演出ではなく、俳優の演技を見守る。俳優がする演技を尊重して、演出が前に出過ぎないように心掛けています。

——トーマス君は、本作がスクリーン・デビューになりました。出演してみた感想は?

トーマス・ジオリア(以下、ジオリア) 監督と演技指導のコーチと一緒に、撮影に入る1ヶ月前から役を作り込んだり、演技の練習をしたりしました。すべてのシーンにおいて監督から助言があって、うまくいかなかったり、問題が生まれたりしたら、すぐに監督が相談にのってくれたので安心して演技に集中することができました。

——お父さんに迫られたり、精神的にプレッシャーをかけられるシーンが多かったと思いますが、特に精神的にキツかったシーンはありますか?

ジオリア いっぱいあります(笑)。まずは父親と車の中で会話するシーンです。怒っている父親と向き合う、とてもエモーショナルなシーンでした。いちばん大変だったのは、クライッマックスシーンです。ここは俳優として感情表現が試される難しいシーンだったので頑張って演じました。

——監督は、そういう大変なシーンを演出する際、気をつけたことはありますか。

ルグラン まず、リハーサルでは技術的な面を伝えました。どの瞬間に、どれくらい動くか、細かいところまでリハーサルで決めました。そして、リハーサルを何度もしたうえで、本番では長回しで撮影したんです。細かい動きを身体で覚えてから撮影したことで、役者は感情的には自然に演じることができたんです。

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——今回、サントラを一切使わず、音を効果的に使っていました。音に関するこだわりを教えてください。

ルグラン 「音がいかに恐怖を与えるか」というのは、この映画の技術面での大きなテーマでした。日常音を大切にすることで、観客を物語に引き込もうと思ったのです。例えば車のシーンでは、シートベルトの警報音とか時計の針の音を使って緊張感を高めました。日常における恐怖を表現する時、音は非常に効果的なのです。DVの被害者の女性が言っていたのですが、彼女が恐怖を感じるのは鍵を開ける音です。夫が家に帰ってきて鍵を開ける時、その音で夫が怒っているのかがわかる。それによって、怒っている夫に暴力をふるわれるかどうかが予測できるので、毎日、鍵の音を聞くのが恐いそうです。それくらい、音は恐怖をもたらすものなのです。

——音楽がほとんど使われていないなか、パーティーでジョセフィーヌが歌うシーンが印象的でした。彼女はティナ・ターナー「プラウド・メアリー」を歌いますが、この曲を選んだのはどうしてですか。

ルグラン 3つ理由があります。まず、僕が好きだったから。高校時代に何度も聴いた思い出の曲なんです。2つ目の理由は、この曲は最初はゆっくりですが、だんだんテンポが上がっていく。この映画もクライマックスに向かってテンポが上がって行くので、曲と通じるものがあると思ったんです。そして、3つ目の理由は、ティナ・ターナーもDVの犠牲者だったので、彼女の唄を使うのは意味があると思ったんです。

——完成した映画を観て、トーマス君はどんな感想を持ちましたか。

ジオリア 初めての映画出演ということで、撮影に入る前はもちろん、完成した映画を観る前も心配でした。でも、いざ映画を観始めると、自分が演じていることも忘れて観客として観ていました。特にラストシーンは感動的で「良い仕事ができて良かった」と思いました。

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取材中、トーマスが答える時に、横で優しく見守る監督の姿はまるで父親のようだった。監督も役者もデビュー作ながら、2人の実力がしっかりと伝わってくる『ジュリアン』は、最後まで目が離せないスリリングな人間ドラマだ。

INFORMATION

ジュリアン

2019.01.25
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開予定
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