れまでずっと宇宙を想像し続けてきたアーティスト、ジェフ・ミルズ。そして宇宙飛行士にして、“詩人”の心を持つ稀有なるサイエンティスト、毛利衛。音楽と科学という、まったく別のフィールドながらも、それぞれに宇宙に魅せられてきたふたりのスペシャリストの出会いは、我われに何を知らせ、いったい感じさせてくれるのか? 昨年10月に日本科学未来館で開催されたふたりの歴史的トーク・セッション以降、我われはその成果をずっと心待ちにしてきたわけだが、いよいよその全貌が明らかになる。毛利衛がオリジナル・ストーリーを作り、それにジェフ・ミルズがサウンドを付けるという前代未聞のコラボレーション・アルバムにして、壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が4月3日(水)、ついに発売となったのだ。

これまでもジェフ・ミルズが宇宙をテーマにした数々の作品を世に送り出してきたことはみなさんも衆知のことだろうと思う。が、実際に宇宙に行った経験のある人間をフィーチャーした作品というのは、彼の長いキャリアにおいてもはじめてのことだし、テクノ史上、いや、音楽史上においても前例のないプロジェクトではなかろうかと思う。またこれはジェフ・ミルズ少年が宇宙に想いを馳せるきっかけになった時期でもある60年代、70年代──ソビエトと米国が競って宇宙を目指していたあの時代──からの大いなる夢でもあったのだそうだ。その素晴らしい出会いの成果は、(毛利の実体験に基づく)打ち上げ準備から地球帰還までを編み上げたストーリー構成、あるいは毛利がスペースシャトル・エンデバーで行ったミッションの過程を曲順として配置したりと、アルバムの随所に具体的に散りばめられている。もちろん、これらはこれまでのジェフ・ミルズの作品にはなかった要素だ。ブラッドベリの『火星年代記』にもないし、キューブリックの『2001年宇宙の旅』にも、ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』にも実際の宇宙体験の要素は入っていない。実体験とイマジネーションの混合物という意味では、音楽のみならず、SFの世界においても、新たな表現方法だと言ってよいのかもしれない(もはやサイエンス“フィクション”ではないのかもしれないが)。

今回はこの興味深い作品について、ジェフ・ミルズ本人がメール・インタヴューに応じてくれた。今回の素晴らしいコラボレートについて、本作に込めた大いなるメッセージについて、彼らしく真摯に答えてくれているので、ぜひご覧いただきたい。また本作にはオリジナル音源の他に、KEN ISHII、Q’HEY、Calla Soiled、DUB-Russell、Gonno、Monotixが本作の楽曲をリミックスした音源も収録されているので(しかもこの6組のリミキサー&ジェフ・ミルズ本人による楽曲解説付き!)、そちらもぜひお楽しみに!


Interview:Jeff Mills

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 music130402_jeff-mills_01-1

――あなたはこれまでにも宇宙をテーマにした作品を数々作ってきましたが、実際に宇宙に行った経験のある人物とのコラボレーションは、あなたの長いキャリアにおいてもスペシャルな出来事になったのではないかと思います。今回、なぜあなたは“実際に宇宙に行った経験のある人物”を必要としたのでしょうか?

実際に宇宙に行った毛利博士から直接その体験を聞き、対話を通して検証するうえで、リスナーにとって“テクノ・ミュージック”が単なる音楽としてのみならず、注意深く聴くことで、そういった体験やその検証を感じ取ることができ、またその表現においてより強い説得力を持つことができるであろうと考えたからなのです。私たちがこのジャンルにおいて聴くサウンド、人びとがよく当然のように耳にするサウンドは決して一時的なものではなく、それは十分に意味があるものであり、かつ私たちの未来に関わるものなのです。

――実際に毛利博士とコラボレートをしてみて、最も刺激的だったことはなんでしたか?

私が強い感銘を受けたのは、何よりも毛利衛博士が私とのコラボレーションを引き受けてくれたことです。そして彼が宇宙へ行き滞在したという経験をもって、私の作品のサウンドを十分に理解してくれたことです。この作品に関わったすべての人にとっても、本当に稀有で特別なプロジェクトとなりました。

――今回は毛利衛氏が作成したオリジナル・ストーリーにあなたがサウンドトラックを付けるというような方法で作品が作られたと聞いています。毛利衛氏が手掛けたオリジナル・ストーリーを読みどのような感想を持ちましたか? またそれをサウンドとして(あるいはアルバム作品として)落とし込むときにどのようなことを意識しましたか?

まず私が心を打たれたのは毛利博士の物語がいかに詩的かということ、そしてテーマへの言及が遥かに科学の限界を超えたものであったということでした。私がこれまで作品を制作するうえで慣例的に用いていた視点とは、「我われは答を求めて星々を探索する運命にあるのだ」とか、「宇宙へ旅立つ過程とは信条や信念といった問題だ」といった、これまでの人類の重要な声明への視点でした。今回、私は実際に宇宙に行った体験を持つ毛利博士とのやり取りの中で行った検証をサウンドトラックの中で具象化したかったのです。

――昨年10月におこなわれたトーク・セッションでは、あなたがまるで子供のように目を輝かせながら毛利氏と話している姿が印象的でした。なかでもあなたは「宇宙の暗闇」について興味を持ったときいているのですが、そうした毛利氏の体験談やそこから得たインスピレーションは本作に反映されていますか?

はい、宇宙のこのような(光の届かない)領域、私たちのテクノロジーをもってしてもまだ見ることができない領域に興味をもっています。太陽の光が届かない月の南極エイトケン盆地のクレーターのような場所とか……。私たちは太陽の光が、生命に力を与え、それを永らえさせることを理解するように教えられてきました。説の正当性を模索しその教えを少し超越して考えてみると「人類が光の恩恵によって発生、進化した存在なのか? それとも暗闇の中で発生し、その後、光によって進化した存在なのか?」という疑問が生まれます。それと同時に、宇宙には光のない暗闇の中で生命が存在する場所があるはずだと思えてくるのです。

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 event1218_jeffmills_9

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 event1218_jeffmills_8

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 event1218_jeffmills_7

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 event1218_jeffmills_6

写真:葛西龍 / 撮影協力:日本科学未来館
2012年10月に日本科学未来館で行われたトークセッション
『サイエンス・アンド・フィクション ~ジェフ・ミルズ20年の航行』

――『ウェア・ライト・エンズ』というタイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか?

このアルバムのタイトルである『ウェア・ライト・エンズ』は私たちが見たり理解したりすることができない宇宙の領域を意味しています。それらの場所はまた、私たちの未来の進化について考える対象でもあります。それは太陽光が我々の眺望を悪化させる恐れがない場所。生命が存在しないかもしれない場所ではなく、避難場所なのです。

――それぞれの楽曲のタイトルはどういう意味を持っていますか?

このアルバムの各曲のタイトルは宇宙空間への旅の過程における考察の様相について表したものです。それは日々の作業やそれらに関する肉体的感覚にとどまらず、個々の宇宙飛行士の精神が、宇宙計画の準備段階、遂行過程、そしてミッションが完了した後という流れの中で舵を取って行かなければいけない心理学的な重圧をも、また、他者に言葉や数値を用いて表現することが困難な何かを体験したその感覚をも意図しています。タイトルの順序は毛利博士が1992年にスペースシャトル・エンデバーで行ったミッションの過程を表しています。

――本作を全編通して聴かせていただき、実際には音で構築された作品であるにも関わらず、ある種の“静けさ”のようなものも感じました。先日の対談の中でも「宇宙という場所は真っ暗闇で、無音の世界である」というような話題があったかと思うんですけど、僕個人としては本作の“静けさ”がそうしたお話にも繋がってくる部分がありとても興味深く聴いています。
あなたは本作を作るにあたり、毛利氏と“宇宙の音”についてもよく話し合ったと聞いています。それはどんな内容の話で、どんなメージを共有したのですか?

実は宇宙空間には音が存在するのです。しかしそれらのほとんどは人間の可聴範囲外にあるものだと思っています。視界にも言えるように、私たちはその周りに存在するすべてを感知し解釈するための肉体的構造上の欠如を有しているのかもしれません。毛利博士との対話の中で、私たちは音について話しました。また、毛利博士は、宇宙飛行船が船体の表面を貫通するような危険な隕石に衝突された場合において、そこで聞こえる“音”は重大な結果を伴うことについても加えて言及しました。彼はNASAでの訓練において宇宙飛行士たちはそのような事象を知らせてくれる “音”に聞き耳を立てるように教えられるのだと話してくれたのです。

――本作に主題、テーマのようなものがあるとすれば、それはどんなものでしょうか?

このアルバムのテーマとは、宇宙が秘める可能性についての概念を尊重すること、そして人類が我われの惑星を振り返り、その状態をより良く保つために観測してゆくことです。

――現在のあなたの夢を教えてください。

私の目標とは宇宙と宇宙を旅するというテーマを他の人びとに伝えてゆくプロセスにおける一助となることです。

――どうもありがとうございました!

ありがとう。

(interview & text by Naohiro Kato)

ジェフ・ミルズの新作動画が公開!「宇宙新聞」(号外)も発行!!

『ウェア・ライト・エンズ』の発売と同じくして公開されたのがアルバムからの1曲“STS-47: Up Into The Beyond”をフィーチャーした新作動画「Jeff Mills “Where Light Ends” Comic Video」である。

この動画では、本アルバムの制作にあたるジェフ・ミルズ自身の姿と、毛利氏のオリジナル・ストーリーの中で描かれた宇宙観が表現されたもので、ジェフが幼少期にSF作品に触れ多大な影響を受けたアメリカン・コミックの手法が用いられている。制作を手がけたのは、LA在住のGustavo Alberto Garcia Vaca(グスタボ・アルベルト・ガルシア・ヴァカ)とKenny Keil (ケニー・ケイル)という2人のアーティストで、それぞれ音楽とコラボレイトした作品も多数発表しており、今回は英語版に先駆けて日本語Ver.が公開された。

【インタビュー】ジェフ・ミルズと毛利衛による異色のコラボ作にして壮大なる宇宙叙事詩『ウェア・ライト・エンズ』が遂に完成。 music130402_jeff-mills_news-e1364898024350 また今回、来日中の様々なイベントで配布されたのがジェフ・ミルズ発案による「宇宙新聞(スペース・タイムス)」である。この新聞の中では『ウェア・ライト・エンズ』が作られるに至った経緯や、関係者のインタビュー、宇宙関連の基礎的情報から最新のトピックスまで紹介されている。ジェフ・ミルズの作品をリリースしている音楽レーベル〈U/M/A/A〉のオフィシャルサイトで見ることが出来るのでこちらもぜひご覧いただきたい。


Release Information

2013.04.03 on sale!
Artist:Jeff Mills(ジェフ・ミルズ)
Title:Where Light Ends(ウェア・ライト・エンズ)
UMA-1015-1016
¥2,580(tax incl.)
仕様:2CD/ブックレット/ジュエルケース

DISC 1:Jeff Mills オリジナルアルバム
DISC 2:Ken Ishii、Q’Hey らによるDISC 1のオリジナル音源のリミックス曲等を収録
ブックレット:毛利衛(日本科学未来館館長・宇宙飛行士)によるオリジナルストーリーを収録。Jeff Mills による作品解説、各リミキサーによる作品解説収録予定。

Track List
DISC 1: “Where Light Ends” オリジナルアルバム
01. T-Minus And Holding
02. STS-47; Up Into The Beyond
03. Light Of Electric Energy
04. Black Cosmic Space
05. Earth And The Geo-Cosmos
06. Life Support
07. Centerless
08. The Inhabitants
09. Deadly Rays(Of A Hot White Sun)
10. Extra Solar Planets(WASP 17b)
11. Way Back

DISC 2:リミックス集
01. Earth And The Geo-Cosmos(Ken Ishii Remix)
02. Life Support(Calla Soiled SpaceShuttleWhisper Remix)
03. Deadly Rays[Of A Hot White Sun](DUB-Russell Matte Sky Mix)
04. Light Of Electric Energy (Gonno Remix #2)
05. STS-47: Up Into The Beyond (MONOTIX Remix)
06. Where Light Ends (Q’hey Second Mission Mix)