——(笑)。今回はあなたもトラップ・ビートを使っているのにはとても驚きました。トラップはアメリカのメインストリームでも多くの人々が取り入れていますが、あなたが興味を持ったきっかけはどんなものだったんですか?

もともと僕は音楽の生徒のようなものだから色々な音楽に興味があるんだけど、ブラックアメリカの視点で考えると、これまでもずっと、ビートがとても重要だった。アフリカンなリズムが時を経てニューオーリンズの行進になり、ジャズになって色々な種類のスウィングが生まれ、それがロックになった。そうやって考えてみると、何よりもリズムの変化が新しい音楽を作ってきたと思うんだ。J・ディラのヒップホップ・ビートもそうさ。それと同じように、トラップは新しいリズムだと思った。ただ、トラップのすべてが好きなわけではないんだ。そのポジティヴな面は好きだということだね。今回プロデューサーとして参加してくれたタリオはマリ・ミュージックの友達で、僕はトラップ・ゴッドだと思ってる。彼もトラップを使ってポジティヴな音楽を作り出すことを楽しんだみたいだよ。

——新しいビートが加わったことで、自分の歌い方にも変化が生まれましたか?

すべて変わったと思う。僕は長くジャズをやってきたから、あらゆる面で違ったよ。まず、R&Bのシンガーというのは、ビブラートを使わない人が多いよね。いかにスーパータイトにするかということを考えている音楽だと改めて感じたよ。

【インタビュー】ホセ・ジェイムズ 慣れ親しんだジャズから現代的R&Bの地平へ。最新作『ラヴ・イン・ア・タイム・オブ・マッドネス』を語る。 UCCO1068_sub1_Photo-by-Shervin-Lainez-700x525
photo by Shervin Lainez

——音楽的な刺激もありつつ、同時にここ数年間は世界情勢も激動の時期でした。これはアルバム全体のテーマに繋がる話だと思いますが、この辺りについても、考えたり感じたりしたことがあったのではないかと思います。

僕は最初、今回のアルバムではアフリカンアメリカンに対する警察の暴力であるとか、いかに人種差別が根強く残っているかということをテーマにしようと思っていたんだ。そうしたらちょうど、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補になって、女性蔑視的な発言をするようになった。それを聞いていて、自分としてはR&Bの世界にいまだに残る女性蔑視的な部分を極力排除しようと思った。タリオはそれをすごく理解してくれて、色々とアイディアを話し合ったよ。MVに関しても、女性をモノのように扱うようなビデオは撮らないと決めたんだ。

——たとえば自分にとってショックな出来事が起こったときに、それに対してプロテストする作品を作ることもできたと思います。けれど今回のアルバムではそこで「愛」をテーマにしていることが、とても重要だったのではないかと感じました。

そうだね。もともとは「愛」のアルバムと「狂気」のアルバムの2枚組にしようと思っていて、でも僕は最終的にはそれを愛についての1枚のアルバムにすることを決めた。当時は耳にするニュースが自分にとっては酷いと思えるものばかりで、同時に僕は自分のライブのアンコールで毎日のように黒人差別へのプロテストソングであるビリー・ホリデイの“奇妙な果実”を歌わなければいけなかった。ニュースで黒人の子供が警察に撃たれたというニュースを見て、その夜に“奇妙な果実”を歌うというのは、自分にとってとてもタフな経験だったよ。そして、君が言う通りプロテストするような作品を作ることもできた。でも、そうすることで何かが変わるとは思わなかった。あくまでマーヴィン・ゲイのように、「女性のレイディース・マン(恋人)だよ」というスタンスで作品を作っていきたかったんだ。

【インタビュー】ホセ・ジェイムズ 慣れ親しんだジャズから現代的R&Bの地平へ。最新作『ラヴ・イン・ア・タイム・オブ・マッドネス』を語る。 UCCO1068_sub2_Photo-by-Shervin-Lainez-700x467
photo by Shervin Lainez

——本作収録の“レイディース・マン”を作っていたときに、そう考えていたんですか?

そう。実際にマーヴィン・ゲイのことを考えていたんだよ。

——他にも本作の中で印象的だった曲を挙げて、その制作過程について教えてください。

プロデューサーには自分のこれまでのキャリアを分かってくれて、新しい音楽にも精通している人が必要だった。今までのこと(=ジャズ・アーティストとしてのキャリア)に中指を立てるのではなくて、そうしたことすべてを分かってくれる人と一緒にやりたいと思っていたんだ。それでタリオと一緒にやることになったんだけど、実は彼がトラックを作った“クローサー”は初期からアルバムの核となった曲で、でも自分がやりたいと思ったときには、そのトラックが他のアーティストに取られてしまっていたんだ。

その後、全部が出来上がってきた最後の1か月間に、「“クローサー”の使い手がいなくなったよ」という連絡が来て、今回のアルバムに収録することができた。幸運だったよ。それに今思うと、あの曲を最初にやらなくてよかった。それまでに僕の中でトラップ・ビートへの理解が深まったし、彼との信頼関係も築くことができた。その結果、ジェイムス・ブレイクの作品にも関わっているマスタリング・エンジニアのマット・コルトンが、今回の作品の中で一番好きな曲だと言ってくれてね。この曲が最初から最後まで、アルバムの核になったんじゃないかと思う。

——不思議な縁を感じる話ですね。

本当だよね。この記事を読んでくれる若い人たちにもし伝えることがあるとするなら、自分の最初の直感を大事にしてほしいということだよ。“クローサー”にまつわる出来事は、自分自身がそう感じた経験だった。直感を信じることで、自分もその対象にぐっと入っていくことができるし、そうなって初めて周りの人もそこに入ってきてくれるんだ。

José James – Closer (Audio)

愛の尊さ歌ったアルバム