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ドラマ『モンテ・クリスト伯—華麗なる復讐—』の主演を務め、主題歌“Echo”を書き下ろしている俳優/ミュージシャンのDEAN FUJIOKAと『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』を制作した映画界注目の監督・二宮健へインタビュー。二宮監督が制作した“Let it snow!”や“Echo”を軸に、MVを制作することになったきっかけや、制作過程、お互いの共通点について訊いてみた。

アレクサンドル・デュマ・ペールの原作で知られる『モンテ・クリスト伯』に材を取り、現代の悲劇的な復讐劇として復活させたテレビドラマ『モンテ・クリスト伯—華麗なる復讐ー』。本作で過酷な過去を持ち、徹頭徹尾、冷血な復讐に人生を捧げる主人公を演じているDEAN FUJIOKA。その貴族的な佇まいと過去と現在のアンビバレンツに苦しむ演技で、新しい魅力を発揮している。

このドラマの主題歌として彼が書き下ろした新曲“Echo”は、昨年から海外のクラブミュージックシーンで注目される「Wave」にインスパイアされ制作された。そのエレクトロニックなサウンドとビート、そして日本のドラマ主題歌としては珍しく英語詞で世界観を作り上げているあたりにもDEANのこだわりが感じられる仕上がりだ。

2nd Single「Echo」Trailer

そして先日、公開された同曲のミュージック・ビデオは、ドラマの主題とも重なりつつ、ハイパーなオカルト感を醸し出すストーリーと映像美で、こちらも彼のこれまでにない魅力が堪能できる。

「Echo」Music Video

監督は、前作“Let it snow!”で、DEAN FUJIOKAの新たな魅力を引き出した映画監督の二宮健。商業デビュー作となった『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』(出演:桜井ユキ、高橋一生、ほか)続いて、2019年には新作映画、岡崎京子原作の『チワワちゃん』の公開が控える、今、大注目の映画監督である。

映画「THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY -リミット・オブ・スリーピング ビューティ-」予告編

今回、二度目のタッグとなった二人の対談が実現。アジアを縦断的に活動の場とし、音楽、演技、報道とジャンルを越境して表現するDEAN FUJIOKAと、90年代生まれの新世代映像作家・。二人に共通する表現のスタンスを紐解く。

DEAN FUJIOKAと映画監督・二宮健が対談。2人の意外な共通点とMV“Echo”の制作秘話 614A1378-Edit-1200x800

Interview: DEAN FUJIOKA×映画監督・

——“Let it snow!”に引き続いてのタッグになりますが、お二人の出会い、共通する点やお互いに影響を受けているところを教えていただけますか?

DEAN 監督を決める際に、ニノケンさんの過去の監督作品を拝見させていただきまして、素直に「面白いな」と思って。この前、“Echo”の現場で「アンビバレント」という言葉をニノケンさんが使っていたんですが、相反する価値感の共存を面白いと考える発想がニノケンさんの活動方針だったりするのかな、と。そういう部分に魅力を感じました。何かをカテゴライズすること、既存のフォーマットに乗せることや、常識というものに囚われることは誰しもあると思うのですが、その先を求めてみたいと思うんです。そんな時に、二宮さんの過去の作品を見て、素晴らしいなと思いまして。

二宮 いやいや。

DEAN 映像作品の中には映画とかショートフィルムとか、テレビコマーシャルとか色々ありますけど、中でもミュージック・ビデオの自由度の高さは魅力的だと思います。だからこそ、そのミュージック・ビデオで一緒に遊べるような友達を探していた、みたいな感じですよね(笑)。

二宮 (笑)。

DEAN ミュージック・ビデオって正直何をやっても成立するわけですよね。一見、全く関係ないことをやっていたとしても、その外し方の妙で深いダブル・ミーニング、トリプル・ミーニングも生まれたりもするし。歌詞に沿った映像が必ずしも魅力的になるわけではない、正解がいくつも存在するような、そんな印象です。ジャズの即興でもコードとかスケールとか、何ならリズムとかモードとかを崩したとしても、最初と最後だけ合っていれば成立するみたいな。それぐらい遊びたいんですよね。それで、一緒に遊ぶ友達を探していたら、「二宮さん面白そうだな」と思って。

——ミュージック・ビデオってクライアントワークでもありますけど、DEANさんのような「遊び友達が欲しい」っていうスタンスでの依頼をどう思われましたか?

二宮 僕の中で、「仕事」と「遊び」の距離ってそんなに遠くないので、そんなスタンスで声をかけて貰えたのは、とても嬉しかったです。DEANさんと初めてお会いさせて頂いたときも、会う前から勝手に「DEANさんの常識ってこんな感じだろう」って決めてかかっても、おそらくその先上手く進まないし、一方的に楽曲を聴いた素直な感想と自分が面白いと感じている映像の話をしたんです。その時、その話をDEANさんが面白がってくださったので、それこそ「この人と一緒に遊びたいな」って気持ちに、僕もなっちゃいました。

——二宮さんはご自身の映画作品以外で、お題がある時、どれぐらい主体である人について考えますか?

二宮 あまり褒められた発言ではないんですが、僕がその人のことをどれぐらい好きか?で変動します……。結局好き嫌いが、自分の思考の妨げになることは否定できなくて。でも相手のことを好きになったら、どうやったら自分の表現の中で、その人に喜んでもらえるかってことを、とっても考えます。

——好きさ加減が“Let it snow!”のミュージック・ビデオの情報量の多さに繋がってるとしたら、すごい情報量でした。

二宮 好きの度合い=情報量の多さ、では無いんですが、あのMVの時は、とにかくDEANさんについて考えました。
“Let it snow!”がどういう曲なのか、ご自身で作詞作曲もされているDEANさんが、この楽曲で表現したいのはどういうことなのか。“Let it snow!”の世界観の中で、何が最適かを考えた結果が、あの情報量に繋がっているのだと思います。今回も同じで、“Echo”という楽曲を聴いて、その世界観の中で自分が思いつけることを提案して。「DEAN FUJIOKA」という存在についても思考して、そして、DEANさん自身が今回どういうことをしようと思っているのかを会話しながら、見つけていった感じです。

——二宮さんの中でのミュージック・ビデオという表現形態の面白さって何ですか?

二宮 さっきDEANさんもおっしゃっていましたけど、正直ミュージック・ビデオって何をしても成立はするんですよね。例えばDEANさんの顔を3分間撮り続けるだけでも成立はすると思うんですよ。映画の場合、「これを描こう」と思った時にそれを正しく伝えるために基礎描写が必要だったり過程を描いたりと、省けない要素が多くなるのですが、ミュージック・ビデオでは文脈をすっ飛ばして、表現だけを突き詰めたりすることもできたりするので、映像表現の幅が広くて、そういう意味では、実は僕はすごく好きなんです。もちろん曲との親和性が必要だったり、ミュージック・ビデオにはミュージック・ビデオの文脈がしっかりあるのですが。

DEAN FUJIOKAと映画監督・二宮健が対談。2人の意外な共通点とMV“Echo”の制作秘話 614A1438-Edit-1200x800

——もう随分前から、曲とのファースト・コンタクトがミュージック・ビデオであることが多い中、その重要性に関してはどう考えていらっしゃいますか?

DEAN 大事なことだと思っていますね。楽曲の中で伝えたいことが映像との親和性によってさらに破壊力が増すってことは、やはり映像を作る以上、追求していくべきことだと思うんです。それはミュージック・ビデオに限った話ではなくて、地球上に居る全ての人に、一人でも多くの人に見てもらいたい、知ってもらいたいとか、届けたいという気持ちは(自分が)どんな仕事をしていても常に意識していることで、報道でも俳優でも音楽の仕事でも同じ意識です。言い換えると、何の脈絡もなく映像を見た人が、それがきっかけとなって、自分との接点を見出したり、「(自分に)関係している」と思って貰えることが、映像を作る上で大事なんだと思います。

——ああ、確かにどんな片鱗でも関係あると思えるかどうかは大事ですね。

DEAN でも、そういう風には思っていますけど、作っている時はもうノリですよ(笑)。それこそ画ヂカラで、例えば前後の脈絡がなかったり、時間軸がぐちゃぐちゃになっていたとしても、そのインパクトに惹きつけられることってあるじゃないですか。特にミュージック・ビデオに関しては、精神の自由さみたいなものがすごく大事だと思うんですよね。人間は潜在的に、自分が住んでいる街とか国とか、文化とか言語のDNAに支配されている部分はある気がするんです。でもそこから自由になろうともがいたり、失敗を経て学んでいく生き物だと思うんです。「遊び仲間を探している」という言い方をすると軽く聞こえるかもしれないですけど、固定概念に囚われない自由な精神で、一緒に冒険をしてくれるパートナーを探している感じです。

——ちなみに二宮さんはハリウッド映画の影響が大きいとか。

二宮 そうですね。僕はそうです。

——余談ですが先日『レディ・プレイヤー1』を見たんですけど、この50年ぐらいのオマージュを包摂する力が映画にはあるなと。

二宮 そうですね。『レディ・プレイヤー1』は僕も映画監督の友人と見に行ったんですけど、その友人が “次から次に出て来る新しいキャラクターに、世間は関心を移していくけど、今日に至るまで、こういったキャラクターたちが映画の歴史を紡いで来たんだぞ、忘れんなよ。みたいなことを一度統括したような映画だ”みたいなことを語っていて、確かになと思ったんです。それに限らず、あのような映画をスピルバーグ監督がわざわざこのタイミングで世に出したっていうのは、この話題だけで4時間ぐらい語れそうですけど(笑)。

——日本映画の良さもあると思うんですけど、二宮さんの作品はいい意味でそこから逸脱して行くスケールやアイデアがあると感じます。

二宮 そういうふうに見えるかもしれませんが、僕自身は常にメジャーを目指してるんですよね。例えば『スター・ウォーズ』は今では誰もが知っていて、メジャーと呼ばれるものの代名詞的な作品ですが、最初に制作しようとしたとき、あの時代に「銀河のかなたで、鎧兜を着て、光線の剣を出して戦うんです」って企画会議で言ったら、「お前ふざけんな」となったかもしれないアイデアを、正々堂々と表現して世界の真ん中に行ったわけじゃないですか。要するに、一見逸脱していたり、突飛にみえるものこそ、ゆくゆくは大きな流れを作って、当たり前だと思っていた既存のものを変えていく力があると思うんです。「メジャーってなんなんだろう」と考え続けて、国内の発想と今まで世界がしてきた発想の違いが、漠然と分かった気がして。それは、別に国内の産業を批判するわけじゃないですけど、例えば国内のエンタメ、映画の場合、「今、お客さんが見たいものを構築しよう」ということに専念し過ぎている気がするんです。今こういうものが流行ってる、今この俳優が流行ってる、じゃあこうやってこうやって、って、組み合わせていくうちに似たようなものが増えて行ってしまい、結果、早々に様々なポテンシャルが廃れていってしまってる気がして。

——ニーズに答えるだけだと。

二宮 ハリウッドの歴史の中でそういうのを誰がやっていたのかっていうと、ロジャー・コーマンというB級の帝王がやっていたんですよ。というか、そういう見世物に徹したB級映画のジャンルが確実にあって。それはそれで素晴らしい文化なんですよね。その一方でお金かけて真ん中にいくエンタメは何してたのか? というと、観客がまだ見たいと気付いてない、けれど心のどこかで求めていたもの、を作っていたんです。それこそ先程話にでたスピルバーグ監督なんかはそのパイオニアですよね。その発想ってすごい大事だなと思って。「みんなこういうの好きだよね」「こういうの今流行ってるよね」というものはデータ化された時はもう流行ってないから。常に今はまだみんな気付いてないけど、実は潜在的に見たがっているものを先出しいて行くっていうのが、エンターテイメントを語る人の責任なんだなと思います。

DEAN それ音楽やっていても感じます。ジャンルとして名前付いちゃってると確立されすぎちゃってて。でも自分がこういう音作りたいって、探求してるときって別に何かこのジャンルの曲作りたいとか思っていないというか。良いものを聴いて、良いものを作ろうと思っていると、あとで「あ、こういう音楽ってそういうジャンル名なんだ」って感じになると思うんで。それはエンターテイメントとかアートに限らずどんな分野でもそうかもしれませんね。

——今回はDEANさん主演のドラマ主題歌という形から入って行くと日本のテレビドラマの主題歌で英語詞であの曲調でというと驚かれるかもしれないですが、そういうつもりで作ってらっしゃらないということですよね。

DEAN それはちょっと違って、今回『モンテ・クリスト伯』というドラマの世界観をさらに立体的にするために、ドラマ本編の魅力をさらに増すために作っているわけで。自分にとってこのドラマが毎話放送される中で、こういう音楽があったら、例えば本編の中で描かれていない主人公の内心でこういう葛藤があったとか、時間の流れとか、音楽はその映像作品の一部でもあると思うんですよ。だからそこに対して、自分が何をお手伝いできるか、花を添えられるか? さらに魅力を倍増できるかということももちろん考えてますし、曲単体で聴いた時も自分のアイデンティティとして説得力のあるものを作れるか? っていうのも同時に大切なことであるし。そこは当て書きするときの難しさでもありますよね。クライアントワークといえばそうなるし、そこにちゃんと自分の魂を込めていかないと自分に頼んでくれた意味がそもそもなくなってしまうし。

——主題歌の役割の中にアイデンティティももちろん込める、と。

DEAN 今回“Echo”で、東京シリーズは8曲目で、日本の東京ベースで音楽を作るというのはこういうことかって、なんとなくリズムとして見えてきて。そこは別に何か常識を逸脱しようと思ってこういうことやっているわけではなくて(笑)、むしろどうやったら喜んでもらえるかなとか、どうやったら作品の魅力が増すかなとか、本当に愛情ですよね。もしかしたらそれがさっき二宮監督が言っていた被写体に対しての思いっていうのと同じかもしれないですけど、僕も作品、映像の方の本編に対する愛情の表現の一つでもあるし。今こういう時代で、例えばこういうメッセージを込めて届けたいとか、こういう音を街に鳴らしたいとか、そういうものとの絶妙なバランスを意識して作っている感じですかね。

——二宮監督にとって“Echo”はどういう曲でしたか?

二宮 曲ですか?……DEANさんの楽曲を僕が語っていいのかっていう(笑)。

DEAN 語ってくださいよ(笑)、もう2曲ミュージック・ビデオ作ってくれたんだし。

二宮 (笑)。“Let it snow!”からこの“Echo”にきて、「あ、これで勝負するんだ、DEANさん」って、テンション上がりました。「DEANさんってこうやって挑戦していくんだ」という新鮮な驚きがあったというか。世の音楽のトレンドも変わって行くじゃないですか。そんな中で、DEANさんは、次に何を見つけて行くんだろう? と今後が益々楽しみにもなりました。面白いなと思ったことがあって、DEANさんは音楽に限らずいろんなワークをされているから、多くの人はDEANさんのイメージみたいなものを勝手に持っていたりするじゃないですか。そういう全体の印象の中でDEANさんの音楽活動を何かのジャンルだったりに紐づけて行くんですけど。でも実際、DEANさんの音楽活動って、そういうパブリックイメージから想起する簡単な場所にはいないんですよね。かなり考察を深めないと理解できないハイブローな方向に向かっていて。そういうことにすでに気付いている人と、まだよくわからずにDEANさんが歌っているということだけで聴いてる人の両方がいると思うんです。でも、それどっちが良いって訳でもなく、どっちでも良いんですよね、何故ならやっぱりDEANさんは生粋のエンターテイナーだから。って、これ、あくまでも僕の見解ですが。

DEAN ははは。

DEAN FUJIOKAと映画監督・二宮健が対談。2人の意外な共通点とMV“Echo”の制作秘話 614A1432-Edit-1200x800

二宮 その現象を面白いなと思っていて。みんなが同じ方向に一斉に向きやすいものではないと思うから。でも僕はそこが面白いから、じゃあミュージック・ビデオで何を仕掛けたら、いい意味でみんなが困惑するか、もしくはパワープレイでおんなじ方向を向いてもらうかとか考えますね。DEANさんがミュージック・ビデオに関しては毎回余白を与えてくださるので、どんな曲がお題になったとしても、多分、面白いものっていうのは生まれて行くんだろうなと思います。

——なるほど。

二宮 すごく分かりやすい曲でも、すごい挑戦をしている曲でも、DEANさんならそれぞれの面白さをご自身の世界観で体現するんだろうなと思ってます。でも、今回の”Echo”という曲がすごく挑戦的なものなのか、と言われると実はそうではないとも思うんです。DEANさんというある意味エンタメのど真ん中にいる方がこの曲を出すからこそ、日本においてはそういう風に聴こえるのかもしれないですけど、世界の音楽シーン全体の中で考えると、別に何かすごく前衛的なことをしているというわけではないんです。DEANさんの中で面白いものを突き詰めているだけだと思います。だから、どの立場の人がどう受け取るかによって、DEANさんの音楽というのはすごく印象が異なるんだと思います。

——二宮さんとしては不特定多数の人が同じ方向を向く映像にしたんですか?それとも?

二宮 “Let it snow!”の時は割とみんなを同じ方向に向いてもらおうと思って作りました。DEANさんがスーパースターであることを、一度みんなにしっかり確認して貰いたくて。今回のミュージック・ビデオは、“Let it snow!”を踏まえたからこそ作れた内容で、DEANさんの音楽に対して、多面的にコミットしたいな、と思って、シンプルなんだけど想像の余地がたっぷり含まれているというか、みんなの潜在意識をちょっとえぐりたいなと思って作ったんです。

——人によっては意識をは撹乱されるかもしれない?

二宮 かもしれないし、いい言葉は思いつかないですけど、ちょっと奇襲をかけた感じです。

——今後もお二人ならではの化学反応に期待しています。ありがとうございました。

オーディエンスの「潜在意識をえぐりたい」という二宮監督の言葉通り、“Echo”のミュージック・ビデオはかなり攻めに入った仕上がり。廃屋のような部屋でピアノを弾く主人公(DEAN)。無精髭で憔悴しきったように見える彼は、まるでヴァンパイアのように最上もがが演じる女性から血液のようなものを抜き、葬り去る。だが、自身が走ることで生命力に溢れることで女性が生き返ると信じているような行動をとる。そして、ある時、自分の動きとシンクロするように踊り出すが、再び彼女を「撃つ」仕草で倒してしまう。これはドラマ、そして歌詞にもある自分の中に存在する過去を払拭できない自分との格闘なのではないか? そう仮定すると、二宮監督が現場で「アンビバレント」を繰り返しキーワードのように使っていたこともなんとなく腑に落ちる。

こうしてドラマから曲へ派生し、曲そのものとしても自立する強さを持った上で、エッジーで美意識に満ちたミュージック・ビデオが完成。DEANが言うように、誰もがDNAレベルで抱える人間の闇や断ち切れない過去の記憶、そうしたものが二宮監督とのタッグで誕生したのだ。

DEAN FUJIOKAと映画監督・二宮健が対談。2人の意外な共通点とMV“Echo”の制作秘話 614A1374-Edit-1200x800

RELEASE INFORMATION

2nd Single『Echo』

DEAN FUJIOKAと映画監督・二宮健が対談。2人の意外な共通点とMV“Echo”の制作秘話 interview_dean

2018.06.20
DEAN FUJIOKA
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Photo by Kohichi Ogasahara
Stylist::カワダ イソン(インパナトーレ)
衣装協力:(オールセインツ)
Tel. 03-5766-3011

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石角友香

石角友香

ライター

大阪府出身。関西版ぴあ編集部で音楽コーナーを担当したのち独立。関西発信の今や幻(?)の音楽/カルチャー誌「MaMAマガジン」編集長を経験。現在は東京在住。音楽ポータルを中心に主に日本のバンド/アーティストのインタビュー、ライブレポート、特集記事の編集・ライティングを行う。音楽以外にも著名人の仕事上の失敗談や仕事観を探る週刊企画の編集や、企業誌なども担当。また、「FUJIROCK EXPRESS」の速報レポートや会場レポートを届けるチームに’13年から参加。10数年 観客として参加していたFUJIROCKを違う角度で体験中。

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