エレクトロニック・ミュージックではあるけれど、ただクラブで踊るために作られた音楽ではない。むしろ彼のベッドルームや日常にころがった懐かしい記憶や思い出をそっとなぞるような、どこか感傷的で温かい音楽。今年5月に通算3作目のフル・アルバム『Good Luck And Do Your Best』をリリースしたゴールド・パンダの音楽をたとえるなら、こんな感じだろうか。彼がこの10月に、新作リリース後では初となる再来日ツアーでまた日本に帰ってくる。

Gold Panda – In My Car

イギリスの音楽関係者の投票によって決定される期待の新人アーティスト企画『BBC Sound of 2010』のロングリストにノミネートされ、一躍その名を知られることになったゴールド・パンダは、ロンドン南東部のペッカム出身のプロデューサー。とはいえ、初期から”MIYAMAE”“MAYURI”といった日本語が楽曲のタイトルになっていた通り、日本との関係も深いアーティストであることは多くの人が知っていることだろう。

”MIYAMAE”は、彼に音楽の道を勧めてくれた人物にして、今はもう亡くなってしまった大切な友人を訪ねたことをきっかけに彼が一時期生活していた川崎市の宮前区のこと。そして“MAYURI”は、当時シェアハウスでともに暮らしていた、<METAMORPHOSE>のオーガナイザーとしても知られるDJ MAYURIのこと。こうした経験が、彼の音楽観に影響を与えた部分も大きかったという。身の回りにある世界観を拡張して音にするかのような独特の世界観は、初期音源を集めた日本編集盤『コンパニオン』の時点でも完成していた。

Gold Panda: “Quitters Raga”

Back Home

アルバム・デビュー前に見ることができたセットでは、じっと俯く彼が紡ぎだす音楽の世界に観客がぐっと入り込んでいくようなそのスタイルは、朴訥でフレンドリーな彼の人柄をそのままステージにしたかのようだった。それは以降の<朝霧JAM’10>や14年の<街でタイコクラブ>でも基調となる彼のライブのひとつの魅力になっている。

Gold Panda – You (Yours Truly & Pitchfork.tv Session)

そして10年にリリースされたデビュー作の『Lucky Shiner』では、IDM的な要素とたおやかな電子音が繊細に絡まりあうようなベッドルーム・エレクトロニカを基調に、実のお婆さんの名前をもじったタイトルにも象徴的な、記憶の旅とも言えるアルバムを完成。ちなみに祖母のLakhi Shinerは、最新作『Good Luck And Do Your Best』の“In My Car”のMVに出演している人物だ。南ロンドンで00年代初頭に生まれたダブステップが重低音のワブルベースとともにオーヴァーグラウンドに侵攻してく中で、それとは一線を画すような彼のサウンドデザインは注目を集め、『Lucky Shiner』は英ガーディアンの「First Album Award」にノミネートされるなど話題を呼んだ。

Gold Panda: My Father In Hong Kong 1961

Gold Panda: Brazil (live visual jam)

だとするなら、続く『Half of Where You Live』は、デビュー以降の彼の生活の変化の中で生まれたアルバムと言えるだろうか。ここでは世界的なテクノの中心地・ベルリンに移住したことをひとつのきっかけにして、彼なりのクラブ・ミュージックを表現したサウンドを生成。世界をツアーする中で訪れたアジアの雑多な街並みや、ブラジルでヴェニューに向かうタクシーの中から見た風景、父親がかつていた香港の記憶、当時目にしたドキュメンタリー映画など、楽曲ごとに実際の体験もそうでないものも混ぜながら、世界を飛び回る自身の生活を反映させたサウンドジャーニーを繰り広げた。

ベッドルームを連想させるような雰囲気だった『Lucky Shiner』とは異なる雰囲気持ったこの作品は、デビュー以降毎晩のようにDJをするようになった日々の中で、目の前の観客を踊らせる機能的なクラブ・ミュージックに挑戦した作品でもあったのだろう。

Gold Panda – Time Eater

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