多くの才能あるDJ、クラブ、レコードショップの存在によってベルリンの街は活気に満ち溢れている。そして、そこには「ヴァイナル」と称される貴重なアナログレコードの存在もある。しかし、ヴァイナルをリリースしたいと求める多くのレーベルやアーティストに対し、ヴァイナルを作れるプレス工場がドイツ全体を見ても不足しているのが現状である。

そんな中、救世主となって現れたのが今回紹介するヴァイナル・プレス工場の「Intakt!」だ。ヴァイナル愛から発生した素晴らしい現場をお届けしたい。

DJでもコレクターでもない私は、ヴァイナルのことをある種の”芸術作品”だと思っている。絵画のように飾っておきたくなるジャケットデザイン、12インチの円盤に刻まれた溝の美しさと触り心地、針を落とした時に時折入るノイズさえも全てが芸術であり、特別なものに思える。クラブでも断然ヴァイナル派である。DJブースを覗き込み、掛かっているトラックをチェックし、DJの手や指の動きを追うのが好きというある種マニアックな趣味を持っている。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-12-1200x798

混乱を防ぐために先に説明しておきたいが、「ヴァイナル」と呼んでいるのはアナログレコードのことであり、英語でVinyl=ビニールの意味である。レコードの素材がポリ塩化ビニルであることからそう称されるようになった。同記事では統一して「ヴァイナル」と称させてもらうことにする。

「多くのレコードレーベルやアーティストと繋がっていく中で、みんなヴァイナルのプレス工場を探していたんだ。それで、パートナーのAlexと一緒にIntakt!を始めることにしたんだ。何より自分が一番ヴァイナルの良さを知ってたからね。」

そう語るのは、DJであり、ドイツのヴァイマールで開催されている野外フェスティバル<Somedate>のオーガナイザーであり、同名のレーベル主宰でもあるMax Gösslerだ。MaxとビジネスパートナーであるAlex Terbovenは、2017年5月にベルリン郊外のMariendorf地区にベルリンで唯一となるアナログレコードのプレス工場「Intakt!」をオープンさせた。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-9-1200x798

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-14-1200x798

彼らの存在はベルリンのレーベル、DJ、レコードショップ、コレクターが長年待ち望んでようやく誕生した救世主であると言えるだろう。エレクトロニックミュージックを専門とするレーベルの多くはヴァイナルでのリリースが当然となっており、ヴァイナルプレイにこだわるDJやレコードショップだらけのベルリンにおいて、絶対に必要不可欠な存在であると言えるが、なぜこれまで存在しなかったのだろうか?

「プレス工場を始めるには莫大な費用が掛かるから、まず銀行に融資の話をしに行ったよ。それに、ベルリン市内で自分たちが理想とする工場の場所を探すのも一苦労だった。4、50カ所は見に行ったんじゃないかな。毎日出荷があるから階段のない一階であることが絶対条件だったし、入り口が広くて運搬がしやすいことも大事だね。高額の機械の購入から、パイプはどこを通して、壁をどこに作ってって、プレス工場を一から作らないといけなかった。とにかく大変だったよ。」

プレス工場不足の背景にはこういった事情があるのが伺える。おまけにベルリンは2018年度における「世界一家賃が高騰した街」である。郊外でなくとも空き地や不要となったビルを多く発見するベルリンだが、ジェントリフィケーションによる土地の高騰は明らかであり、条件にあった物件を探すことは容易ではないだろう。

そんな中誕生した「Intakt!」が、GROOVE Magazine、Electronic Beats、Resident Advisorを始めとする一流クラブカルチャー媒体がこぞって取り上げるほど注目を集めているのは当然と言える。現在、ベルリンやドイツ国内外のダンスミュージックレーベルを中心に随時200~300レーベルをクライアントに持ち、フル回転で稼働している。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-5-1200x798

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-6-1200x798

「ヴァイナルが仕上がるまでの全ての工程が大事だけど、カッティングやマスターでは絶対に失敗は出来ないよね。例えば、スタンパーにほんの小さな引っかき傷が一つあっただけでもそれに気付くことが出来ないと何枚ものヴァイナルが無駄になってしまう。一から作り直さないといけないから時間も素材も無駄になってしまう。だから、常にクオリティーコントロールに気を使っているし、全てではないけど、仕上がりを試聴室でチェックしたりするんだ。」

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-8-1200x798

ヴァイナル製造における心臓部。ブルーで統一されたドイツ製プレスマシン”NEWBILT machinery“のデザインもクール。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-1-1200x798

ヴァイナルの原料ビニールペレット。黒が一番安く作れる。カラーでも音質は基本的に変わらない。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-2-1200x798

ペレットをらせん状流路に流して130度で加熱すると、手のひらサイズのパック(ヴァイナル一枚分の基盤)が出来上がる。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-3-1200x798

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-4-1200x798

熟練の技術者によるプレス作業の様子。
水蒸気が発生した12バルブの圧力が加えられ、上側から下側に向かって押されてゆく。ヴァイナルの形が完成した後、機械は再び開き、温度約60℃の状態の中でプレス作業の仕上げに入る。約22秒の作業時間。

Inside: Intakt! Vinyl Pressing Plant

「何よりヴァイナルの触り心地が最高だし、フィジカルなものの中で音も一番良い。レコードショップを自分の足で回って、その店のセレクトセンスを知れたり、フリーボックスを探って意外なお宝に出会ったり、古いレコードが手に入ったりする。そういう体験はデジタルでは絶対に出来ないからね、すごく大事だと思ってるんだ。僕はDJする時ヴァイナルだけでプレイすることにこだわってるよ。クリック一つで簡単に手に入るデジタルが便利なのは分かっているし、車の中やスマホで聴いたりするけれど、ヴァイナルのようなスペシャル感はやっぱりないよね。良い音楽は絶対にレコードで聴くべきだと思う。」

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-11

Max(右)とAlex(左)。
経営担当と技術担当という役割分担になっており、良いコンビネーションが成り立っている。

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-10-1200x798

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-13-1200x798

ベルリンで唯一、話題のヴァイナル・プレス工場「Intakt!」潜入レポ music190329-intakt-7-1200x798

Special thanks : Neco(Goldengate)

宮沢香奈(Kana Miyazawa)

宮沢香奈(Kana Miyazawa)

フリーランスライター/コラムニスト

Published on