カエターノ・ヴェローゾ「僕はもっともっとアントニオ・ザンブージョの歌を聴きたい」
アントニオ・ザンブージョは、1975年にポルトガル南部のアレンテージョ州ベージャで生まれた。アレンテージョ州は、2014年にユネスコから世界無形文化遺産に認定された男女混声の合唱“カンテ・アレンテージョ”が根付いている地方で、ザンブージョ自身もこの伝統音楽のスタイルを取り入れてきた。
ザンブージョが世に出たきっかけは、ファドの大歌手アマリア・ロドリゲス(1920-99)の生涯をテーマにしたミュージカル「Amália」への出演で、彼はアマリアの最初の夫の役を演じた。ザンブージョは、この大きな評判を呼んだミュージカルへの出演を経て、2002年に「O Mesmo Fado」でデビューした。
通算3作目のアルバム『Outro Sentiago』(2007)は、ザンブージョが大きな音楽的飛躍を遂げた重要作だ。このアルバムには、ブルガリアン・ヴォイスの女性グループ、アンジェリーテとの共演による“Chamateia”という曲が収められている。ザンブージョは、ポルトガルのアゾーレス諸島の伝統音楽とブルガリア・ヴォイスの間に共通した感覚を見出したことから、アンジェリーテとコラボレートしたわけだが、幼い頃からカンテ・アレンテージョの合唱に親しんでいたからこそだろう。また、このアルバムでのザンブージョは、アマリア・ロドリゲスのレパートリーだった曲に加えて、ブラジルのヴィニシウス・ヂ・モライス&アントニオ・マリア作の“Quando Tu Passas Por Mim”も歌っている。アラシー・ヂ・アルメイダをはじめ、ドリス・モンテイロやクリスチーナ・ブアルキ(シコ・ブアルキの妹)などが録音している曲だ。アラシー・ヂ・アルメイダ(1914-1988)は、30年代にノエル・ホーザの曲のインタープリターとして名を馳せたブラジルの女性歌手である。
António Zambujo – Injuriado
António Zambujo – Flagrante (Ao Vivo no Coliseu)
ザンブージョは、この『Outro Sentiago』によってポルトガルのポピュラー音楽の最前線に躍り出て、なおかつ世界に大きく羽ばたいた。『Outro Sentiago』は、09年にイヴァン・リンス、ホベルタ・サー、ゼ・ヘナート、トリオ・マデイラ・ブラジルとのコラボレーション音源を3曲追加した形で、ブラジルでもリリースされたのだ。するとザンブージョのクルーナー・ヴォイスと洒脱な音楽は、カエターノ・ヴェローゾの耳に届き、「僕はもっともっとアントニオ・ザンブージョの歌を聴きたい」と賞賛された。
この後、ザンブージョは、ブラジル音楽やほかの地域の音楽との関係をよりいっそう深めていく。たとえば次のアルバム『Guia』(2010)では、ホドリゴ・マラニャォンの“De Mares E Marias”を歌っている。ホドリゴ・マラニァォンは、ブラジルの国民的歌手だったエリス・レジーナの娘マリア・ヒタに自作の“Caminho das Aguas”を取り上げられたことで名を挙げたリオデジャネイロ出身のシンガー・ソングライター。チェット・ベイカーを彷彿させる歌唱とジャジーなアレンジが光るザンブージョの“De Mares E Marias”は、『Guia』と同じ2010年にリリースされたホドリゴ・マラニャォンの『Passageiro』に収録されている曲だが、この年齢も比較的近い2人は同アルバムに収録されている“Quase um Fado”で共演している。
António Zambujo – De Mares e Marias
そしてスタジオ盤としては通算7作目にあたる最新作『Até Pensei Que Fosse Minha』(2016)は、カエターノと同世代の大御所シコ・ブアルキの作品集だ。このアルバムではシコ・ブアルキ本人に加えて、ホベルタ・サー、さらにはカルミーニョとそれぞれ一曲ずつデュエットしている。カルミーニョは、ザンブージョと同じく、ブラジル音楽に果敢にアプローチしている84年生まれのポルトガル人女性歌手。ちなみにザンブージョとカルミーニョは、アマリア・ロドリゲスのトリビュート盤『Amalia』(2015)にそれぞれ2曲ずつ参加していて、ザンブージョはカーボベルデ人女性歌手のマイア・アンドラーデ、カルミーニョはカエターノ・ヴェローゾとデュエットしている。
温かいミルクのように優しく甘やかなザンブージョの歌
このようにザンブージョは、ファドやポルトガルの伝統音楽、ブラジル音楽、ジャズ、さらには中南米音楽、アフリカ音楽など様々な音楽に影響受け、それらの要素を取り入れている。前作『Rua Da Emenda 』(2014)では、フランスのセルジュ・ゲンスブールやウルグアイのホルヘ・ドレクスレルの曲も歌っているのだから、このことだけでも、「ファド」や「ポルトガル」といった枠組みでは捉えきれない逸材であることが伝わるだろう。
ザンブージョの初来日は、2015年の<ラ・フォル・ジュルネ・ジャポン>でのこと。このときは、ザンブージョ(歌とギター)、コントラバス奏者、ポルトガル・ギター奏者、バスクラリネット&クラリネット奏者、トランペット奏者といった5人編成。アンサンブル。このような他に類を見ないアンサンブルだっただけに、ファドとボサノヴァとジャズとクラシックの室内楽を同時に聞いているような錯覚を覚える瞬間すらあった。
ザンブージョの音楽を聴けば、誰もが郷愁を呼び起こされるだろう。ただし、その“サウダーヂ(saudade)”は濃密ではあるもの、悲しみの色が強過ぎることなく、だからこそ僕らはザンブージョの音楽にうっとりと聞き惚れる。ザンブージョの歌は、真夜中に口にする温かいミルクのように優しく甘やかで、しかも40過ぎの男性ならではの色気にもあふれているから。そんな極上のサウダーヂに浸れる初夏が、間もなくやって来る。
EVENT INFORMATION
ジャズ・ワールドビート2017
2017.07.08(土)
START 17:00
めぐろパーシモンホール
大ホール
前売
S席:¥7,000
A席:¥6,000
山下洋輔×スガダイロー(ピアノ・デュオ)/アントニオ・ザンブージョ/二階堂和美 with Gentle Forest Jazz Band(スウィング・ビッグ・バンド)
MC:中川ヨウ/中原仁
※未就学児のご入場はご遠慮ください
前売
S席:¥7,000
A席:¥6,000
山下洋輔×スガダイロー(ピアノ・デュオ)/アントニオ・ザンブージョ/二階堂和美 with Gentle Forest Jazz Band(スウィング・ビッグ・バンド)
MC:中川ヨウ/中原仁
※未就学児のご入場はご遠慮ください
小ホール
~アフタヌーン・サロン・ジャズ~
START 13:30
前売
全席指定:¥3,800
ショーロクラブ/桑原あい/田中邦和+佐藤芳明/川嶋哲郎
特別出演:ミニ・ペンギン・カフェ(アーサー・ジェフス&ダレン・ベリー)
※未就学児のご入場はご遠慮ください
1日通し券
¥8,800(大ホールS席+小ホール)
※未就学児のご入場はご遠慮ください
text by 渡辺 亨