第116回 考えるバード

僕は渡り鳥をやめた。「飛んでいくべきだ。仲間達と一緒にいるべきだ」と本能は訴えかけて来る。でも僕はやめた。もうこりごりなんだ。長い時は何ヶ月も飛び続ける。もちろん休み無しだ。心身ともに疲れ切って目的地に辿り着くと、すぐに嫁探しが始まる。特に外見が良いわけではない僕には選ぶ権利はない。燃えるような恋愛を経験する前に子作りが始まるんだ。だから子供の名前を決める頃にはほとんどの夫婦が冷えきっている。僕の両親もそうだった。

我が子が生まれて間もなく、飛び立つための訓練が始まる。泣こうが喚こうがお構いなしだ。「お前のためにやってるんだぞ」そう言い聞かせながら、他の家族の子供に負けないように厳しくしつけなければならない。嫁は今ごろ巣の中で何をしているのだろうか。どうせどこかの馬の骨とよろしくやっているのだろう。

なんだ。全部私のことじゃないか。目を合わせなくなった妻、大学受験でおかしくなった息子、次の休暇がいつなのか分からない私。電線にとまっている鳥を駅のホームから眺めて想像していたこと。全て私自身のことだった。そのとき、満員電車が目の前に到着した。迷うこと無く仲間達が次々と狭い車両に乗り込んでいく。私はどうするんだ。押し流されないように両足に力を入れてみる。ふと電線を見上げると、もうそこに鳥はいなかった。

photo by 山本拓未