3人のそれぞれの思いがゆっくりと重なっていく。社会や人への反発、思い切りの良さ、貪欲さ、そして衝突。ロサンゼルス、ニューヨーク、インディアナ州、そしてニューヨークと場所を変えながら進んでいく、映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』は、俳優ジェームズ・ディーンと写真家デニス・ストック、2人の時間を描いた物語だ。ニューヨーク、タイムズ・スクエアの冬の街角で、タバコをくわえながら歩く、1955年に撮影されたジェームズ・ディーンの写真。本作の監督アントン・コービンは、それがデニス・ストックによって撮影されたことを製作過程中に知ったという。デニス・ストックの写真集『Time is On Your Side』の前書きで、「彼が生きている間に、一度も会えなかったことを後悔している」と、思いを綴る。

ジェームズ・ディーンとデニス・ストック2人が出会わなければ、生まれなかった写真があるように、アントン・コービンにとっても彼らと映画の中で出会わななければ、生まれなかった写真がある。本作は、写真で撮影された一枚一枚のかけがえのない一瞬の物語が、何層にも重なっていくような丁寧さがある。アントン・コービンは写真と映画の違いについて、「写真は大抵1つの物語しか語れませんが、映画では1つの作品で多くの物語を語ることができる。写真とは異なった方法でストーリーを伝えられるので、私にとって素晴らしい挑戦となっています」と話す。

映画の主人公たちの抱える大きな「反抗心」は、アントンによって、ゆっくりと「純粋さ」へと形を変えていく。映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』は、俳優ジェームズ・ディーン、写真家デニス・ストック、映画監督アントン・コービン、3人の時間が織りなす貴重な物語だ。

今回、来日中の監督アントン・コービンに、本作についてインタビューを行った。アントンは、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、マイルス・デイビスなど著名なミュージシャンたちの撮影やミュージック・ビデオを制作してきた、ロック・フォトグラファーとしての顔も持つ。

Interview:Anton Corbijn

ロックフォトグラファーが描く:映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』 film151215_dean_2

――(東京国際映画祭での)今朝の上映はどうでしたか?

(宣伝・配給担当のスタッフの笑顔を見ながら)良かったそうですね! 私は上映の前に登壇をして、少し話をしました。

――もし好きな日本の写真家や映画監督がいたら教えてください。

直接影響を受けたわけではありませんが、写真家のアラーキー(荒木経惟)や森山大道の作品は気に入っています。私は、明暗のコントラストがとても強い写真に惹かれるので。彼らはそれが得意で、ハイコントラストのエッジの効いた作品は社会の鏡だと思います。

――最新作の『ディーン、君がいた瞬間(とき)』ですが、なぜこの企画に興味を持ったのでしょうか?

私は1970年代初期から写真家として活動しています。そこで出会った、文学や音楽、映画、絵画などの作家はいつも公的な眼差しで見られていました。なので、「公に知られている人物を撮影したい写真家が、どのように被写体との関係を構築していくか」というテーマに強い関心を覚えました。ジェームズ・ディーンという題材も面白いと思いましたが、それが写真家の視点から語られている点に惹かれました。

――俳優のデイン・デハーンもロバート・パティンソンも素晴らしい演技だったと思います。彼らを主役に選んだ理由を教えてください。

君が気に入ってくれたということがすべてを物語っているね(笑)。デイン・デハーンは与えられた役にとても忠実な俳優だと思います。マリリン・モンローのように、ジェームズ・ディーンの容姿というのは広く浸透しており、我々の潜在意識にイメージが深く染み込んでいます。なので、ディーンそっくりの俳優を探すのは困難でした。ディーンの容姿にどれだけ近付いても必ず差異が生まれてしまう。そこで、その差異を演技で埋めることのできる俳優が必要でした。デイン・デハーンはそれができる俳優です。ロバート・パティンソンについてですが、彼はとても良い俳優だと思います。彼は直感的な演技のアプローチをするのですが、それが彼自身を不安にさせています、しかし、私はその不安定さに惹かれました。良い役者だと証明したい俳優が、良い写真家だと証明したい写真家を演じる、という状況も良かったです。私自身にも少し近い役だと思います。

――写真家として、デニス・ストックのことをどう評価しますか?映画を作る前から彼の事は知っていましたか?

知りませんでした。脚本を読んだのが2、3年前なので、5年前に亡くなったデニス・ストックには会えなかったのです。有名な写真は何枚か見覚えがありましたが、それがストックの作品だとは知りませんでした。映画のために調査をしたので今はそれなりに知識があり、ストックについての本のまえがきも書いています。彼は素晴らしい記録写真家だと思います。ストックが撮影したジェームズ・ディーンの写真はとてもユニークで、ディーンの家族との生活がどのようなものだったのかを物語っています。とても私的な写真なので、歴史的な価値も見出せます。そして有名なタイムズ・スクエアの写真は、ニューヨークで孤独に生きる男の鮮やかな雰囲気と反抗心とが同時に表現されています。人によって解釈は違うでしょうが、1枚の写真の中に多くの事が語られていて、とても面白いです。

ロックフォトグラファーが描く:映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』 32

――たしかにジェームズ・ディーンは、文化的なアイコンであると同時に、「反抗」の象徴だと思います。あなたが今まで一緒に仕事をされてきたミュージシャンたちも、その両面を持ち合わせていると思いますが、彼らに魅力を感じるのもそのような理由からでしょうか? また、人はなぜ「反抗」を魅力的に思うのでしょうか?

私がジェームズ・ディーンに感じる魅力が、ミュージシャンたちと同じかどうかはわかりません。ただ、「反抗」というものに人々が惹き付けられるのは、皆何かしら自由になりたいからだと思います。私がまだ幼かった頃、とても信仰心の強い島で両親と生活していたので、音楽というものがとても魅力的に感じられました。音楽の世界に入りたいと思い、カメラがその機会を与えてくれました。それから20年以上、音楽以外にも興味を持ち、様々な芸術様式の写真を取り続けています。自分を表現することに真剣に向き合っている人たちと、決まった労働時間に囚われず自由に働ける環境は確かに魅力的です。

――ディーンとストックの関係性ですが、劇中で「僕が被写体だと思っているのが君の問題なんだ」というディーンの重要な台詞が出てきます。ご自身の経験から、写真は写真家の鏡になり得ると思いますか?

程度の問題だと思います。私が公に知られている人物を撮影する際に気を付けている点が、3つあります。まずは、被写体に語らせること。そして、写真家が何かを語ること。そうでないと、誰にでも写真が撮れてしまいますからね。何かしらの違いが必要になります。そして最後に、何か新しい事、今までになかった作品を作り出すことです。この3つのバランスをどのように取るかは、写真家次第です。

――なるほど。それでは、写真家と被写体との理想的な関係性はどのようなものだと思いますか?

明快な答はありません。私の環境は他とは違い、結果も様々だったので。5分や10分でほとんど知らない人を撮影したものが、自身のベストの1つになるようなこともあります。何年も仕事をしてきて気心の知れた相手でも、素晴らしい写真が撮れることもあれば、そうでない時もある。全てはその時の状況次第で、時にはその日の調子にもよります。それに私自身、リスクの多い撮影をします。スタジオ撮影で照明が整っていれば安心です。照明が写真の見映えを良くしてくれるので。私の働き方はそうではありません。いつも人に会うために旅をするので、どこに行って、どのような状況になるのかわかりません。時にはとても良い環境に助けられることもありますが、大変な苦労をすることもあります。しかし私の場合、それも写真の一部なのです。

ロックフォトグラファーが描く:映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』 film151215_dean_4

――最後に、写真と映画の表現としての違いは何だと思いますか?

写真から映画に行くのはロジカルな決断だと思われがちですが、私はそうは思いません。写真から映画に適応できたのは画面構成の感性だけで、他は全て学ばなければなりませんでした。知識のないまま映画を作るのは大きな決断でした。もちろん、働き方も全く異なります。写真の場合、大抵自分一人で仕事をしますが、映画は大勢のクルーが必要になります。さらに、映画は全てを計画しなければいけませんが、写真はもっと自由で、直感的に撮影することもよくあります。写真の面白いところは、予期していない時にも見つけられることだと思います。雑誌をめくっているだけで写真に出会えます。ギャラリーや映画館に行く場合、何かに出会うことが事前に分かっていますが、写真はそうではありません。これは素敵なことです。その意味で、写真は産業ではありません。映画の場合は必ず産業があります。なので、写真と映画は実際には比べ物にならないのです。しかし、写真は大抵1つの物語しか語れませんが、映画では1つの作品で多くの物語を語ることができます。写真とは異なった方法でストーリーを伝えられるので、私にとって素晴らしい挑戦となっています。面白い人にも出会えて、とても楽しんでいます。

ディーン・君がいた瞬間(とき)

12月19日(土)シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー!


原題:Life
監督:アントン・コービン
CAST:デイン・デハーン、ロバート・パティンソン、ジョエル・エドガートン、ベン・キングスレー
配給:ギャガ
2015年/カナダ・ドイツ・オーストラリア合作/112分

オフィシャルサイト Twitter

アントン・コービン 公式ウェブサイト

text by Yoshito Seino
interview by Kenta Kato
photos by Yuka Yoshida