——他の曲の選曲理由はどうですか?

武満徹の“死んだ男の残したものは”を選んだのは、武満さんが(レナード・)バーンスタインとも親交があった方で、ジャズがお好きだったからですね。

——特に(デューク・)エリントンが好きだったんですよね。

そう、エリントンとか、あと、ウェイン・ショーターがすごいお好きで。今度生まれてきたらサックス奏者になりたいっておっしゃっていたっていう話もあります。“死んだ男の残したものは”はすごくポピュラーな曲なので、長谷川きよしさんがカバーしていたりもします。

——武満さんの曲は山中さんがやると自然にジャズって感じでしたね。

“ノヴェンバー・ステップス”とか、即興演奏を大胆に取り入れたっていうのは、ジャズ的なものがありますよね。それに琵琶や尺八が入っていたり、カウントできないものを入れたりっていうのは、外国人にとってはセンセーショナルだったんでしょうね。ジョージ・ラッセルはすごい仲良しだったみたいですよね。武満さんはすごい音がキラキラしていて美しいんだけど、同時にすごく厳しい音楽。演奏者に委ねられる分だけ、演奏するほうは奏者によって作品を変えてしまうので、プレッシャーの多い作品だなとは思いますね。

——そこもジャズっぽいですよね。演奏者がその場で考えながらどう解釈していくかって話で。

そうですね。普通だったらクラシックの作曲家は書き込んで書き込んで、逆にがんじがらめにするんですけど、ガーシュウィンとカバーンスタインとか、武満は奏者に委ねる。それって他人を信頼するとか、今のアメリカには欠けている部分ですよね。もう少し他人を信頼してもいいになって思いますよね。

——あとは、ロマン派の作曲家がいくつか。

(ヨハネス・)ブラームスとかですよね。でも、ブラームスの“ハンガリー舞曲 第5番”はジプシー音楽なんですよね。ジプシー音楽はジャズにも影響を与えているので。シューベルトの“アルペジオーネ・ソナタ”に関しては、アルペジオーネっていうチェロの前身みたいな楽器があって、古いころにはみんな即興演奏でやっていたようなすごく自由な曲なんです。そんなシンプルだけど瑞々しくて印象に残るようなメロディーをシューベルトはすごく得意としたので、それでやってみたいなと。

——ロマン派括りだけど、エキゾチックなのは、ヨーロッパの大陸っぽさが入っている曲を選んでいるなって思ったんですけど、そういうことなんですね。

“ハンガリー舞曲 第5番”はNYの地下鉄とかで演奏されている曲なんですよ。演奏者はどのくらい早く弾けるのかみたいなことをやったら、チップをいっぱいもらえる曲なので、ヴァイオリニストは腕の見せ所っていう感じで、張り切ってやるんです。だから私はストライドピアノみたいな感じで演ったんです。ちょうどこの頃にリンカーン・センターでメアリー・ルー・ウィリアムスのトリビュートのコンサートに出演したんですよ。私はピアニストで彼女の役なので、彼女の曲を弾かされたんですけど、全部ストライドなんですよね。それが“ハンガリー舞曲 第5番”と似ているグルーヴの感じがあると思ったので、それでこのアルバムではストライド風にして弾いてみました。

——メリー・ルー・ウィリアムスの曲を実際に弾いてみて、彼女はどんな音楽家だと感じましたか?

アメリカでも非常にアンダーレイテッドですよね。アメリカでも<Who is Mary Lou Williams?>って名前でファミリー向けのコンサートをリンカーン・センターがやったんですけど、それはもっと紹介したいアーティストとしてライブが企画されているからなんですね。彼女はピアノの腕もあるし、曲もユニークで、彼女の後にセロニアス・モンクが出てくることを彷彿とさせるようなものがいっぱいあります。私もメアリー・ルー・ウィリアムスの曲はこれからも機会を見てやりたいと思っているんです。ただ単に「ジャズ楽しい!」ってダンスミュージックとしてのジャズじゃなくて、いわゆる自己表現をすごくディープにやっていた作曲家であってピアニストだったかなと思います。ファッツ・ウォーラーとかはエンターテインメントでダンスができるっていう感じで、もちろんダンサブルな要素っていうのは大事なんですけど、それだけではなくて、しかも彼女は黒人であったし女性であったので、そういった社会背景も含めて表現が分厚い感じがあって、かっこいいなと思いますね。

——彼女の音楽の中にはチャーチっぽさも強くありますしね。

すっごいありますね、ゴスペルとか。彼女自身が敬虔なクリスチャンだったんでしょうね、“Praise the Lord”って曲とかキリスト教の影響が濃く出ている作品もあります。彼女の音楽を理解するためのキーワードですね。

——ピッチフォーク(・メディア)が「The 200 Best Albums of the 1960s」ってのをオールジャンルで選んだんですけど、メアリー・ルー・ウィリアムスとニーナ・シモンはかなり上位にありました。今、こういう時代に聴かれるべき存在としてジャズの枠を越えて再評価が進んでいるんですよね。ジャズの世界でもトランペッターのデイヴ・ダグラスにトリビュートされてたり、ジェリ・アレンがずっと関心を持っていたりしますしね。

アメリカでは一つのアイコンでもあったり、ミュージシャンズ・ミュージシャンでもあったりしたんでしょうね。非常に独特で、ミステリアスで、ジャズ芸術の至高であるし、もっともっとフィーチャーされていいアーティストですね。ピアニストとしては素晴らしいストライド・プレイヤーなので、左手も見事なんですよね。

——スクリャービンもそうですし、メアリー・ルー・ウィリアムスもそうですが、このアルバム『ユートピア』に関しては、左手のスタイルっていうのがひとつ通底しているのかなと思ったんです。

そうかもしれないですね。ピアノというものは、ファンデーションとして左があることで、右が活きてくるわけですし。モンクも饒舌なストライドではないですけど、左手のバネの強さがあって、だからこそ飾りのようなソロが活きてくるんじゃないかなと、今思いました。

——ピアノで左手の重要性っていう意味ではバッハもそうですよね、対位法の人ですから。

そうですね。対位法的にピアノを弾くって本当に大変なことなんです。どうしても人間って縦(垂直)に弾いてしまうんですけど、横(水平)に交差していくように弾くのはとても難しいんです。大学で教えていて、弦楽器の生徒とピアノの生徒では聴く耳が全然違うんですよね。弦楽器は横で聴くんですけど、ピアノは上から下、下から上って感じで、縦で聴くんです。音楽の捉え方が全然違うんですよね。

——へー、対位法って弦っぽいんですね。

そうですね、あとはコラールって言って、合唱の音楽ですよね。最初は四声隊。ピアニストは得意じゃないですよね。4つのメロディーが繋がらないですから。ピアノで4つの層を作っていくのは大変なんですよ。キース・ジャレットやブラッド・メルドーみたいに、対位法的な表現ができるってことは一つの見せ場ですよね。そういうこともこれからも勉強していきたいなって思いますね。

——他にこのアルバムは何かにインスパイアされたとかあるんですか?

もともと私はフリードリヒ・グルダが好きなので、グルダをオマージュした意味もあります。グルダって、ウィーン時代にジョー・ザヴィヌルと同じ先生だったらしいですよ。だから、グルダの作品はクラシックでもない、ジャズでもないもので、非常に面白いものもいっぱいあるんです。そういうグルダのスピリッツというか、あれだけクラシックがうまいのにジャズに切り込んでいったところにすごくシンパシーがあります。

——フリードリヒ・グルダはクラシックの世界でトップピアニストだったのにジャズもやった人で、ジャズの世界では異端というか、きちんと評価されなかった人でもありますよね。彼の作品だとどういうものが好きですか?

ジャズだとピアノソロの小品集が好きですね。あれだけうまくて、ピアノを隅々まで鳴らせてしまう人が何をやりたかったのかって考えると、自分ができないことがやりたかったんだろうなって思うんですよ。きっと自分ができないことをやりたいって。グルダくらい弾けちゃうとできないことなんてないわけですよ。だから、もっともっと自分ができないことを探して、ユートピアを求めて行った人なんじゃないかなと思うんですよね。

インタビュー | ジャズ・ピアニストの山中千尋が最新作『ユートピア』で挑んだジャズとクラシックの融合 interview181005_chihiroyamanaka_04

——なるほど。彼はジャズの世界ではずっと変わったことをやっているんですよね。ジャズを始めた時期の有名盤『At Birdland』でさえピアノが上手すぎて、普通のジャズに聴こえないくらい個性的なわけですが。

上手すぎて。グルーヴとかスウィングって部分ではちょっと違うかもって思ったりもしますけどね(笑)でも、あれだけピアノを弾けている面白さを聴くべきだと思うんですよ。昔、日本にきた時もグルダがああいうジャズの曲を弾くと批評家が出ていっちゃったっていう話もあるらしいですよ。でも、そういう境界線があまりない音楽ってユートピアだと思うんですよね。それにいろんな表現をしている人がいることってことがユートピアですよね。

——しかし、ジャズ・ピアニストでジャズ側のグルダの話をする人って珍しいですね。グルダって最初は「僕もビバップ好きです」みたいな感じだったのが、〈MPSレコード〉っていうドイツのレーベルでだんだんジャズロックやったり、無調の電子音楽みたいなのをやったりとジャズの枠ではとらえきれないですから。

そうそう。精神的にも、形にこだわらなかったっていう意味では非常に面白いんですよ。モーツァルトを弾くので有名で、マルタ・アルゲリッチの先生だったりするくらいピアノが弾けて、でもこれをするっていうところが本当に訳わからないんですよ。

——さっきもユートピアって言葉を何度も仰ってましたが、びっくりするくらいポジティブで明るい作品ですよね。

明るくするしか……。アメリカは大統領が変わってからめちゃくちゃになったと思うんです。この間、ジャネール・モネイが言っていたんですけど、「みんなどうにしかして折り合いをつけなきゃいけなかった」って。あの選挙の後、現実とどう折り合いをつけるかってなったときに、私は自分で音楽を続けていくわけだから、音楽とか音楽の現場が自分のユートピアであってほしいなと思ったんです。音楽がユートピアであるって姿勢を続けていこうと、それが何かしらの折り合いの付け方だったんですね。でも、ジャズはアメリカが作った最高の芸術のひとつだと思っているので、そういうものに関われるのはうれしいですし、アメリカが発祥になった音楽をアプリシエイトするという思いもあったりして。オーバー・ポジティブになっているのはどうやって折り合いをつけるかって考えていた部分だと思いますね。

——たしかにディストピアだって落ち込んでいる頃からは少し時間が経って、次の段階に行った状態と言えるかもしれませんね。

そう言っていたら負けちゃうので。そういう現実の捉え方よりも、自分のユートピアを作るというか、自分でユートピアにしていくというか。もう一回戦うっていう強い意思の表れもあるんじゃないですかね。2年経ちましたから、時間が癒すモノってあると思います。前作『モンク・スタディーズ』の時はわーってなっていて大変だったんですけど、今回は駒を進めるじゃないですけど、前に進んでいくべきだしそのために音楽がエネルギーになりますし。半分皮肉も込めているんですけど、そういう強い願いがあります。

——では、最後にライブの告知を。

今回のライブはユートピアのオリジナルメンバーで来るので、その前にスイスで演奏しているんですけど、盤を聴いていただいて、更に生で楽しんでいただけたらと思います。ぜひ聴いていただきたいです。

インタビュー | ジャズ・ピアニストの山中千尋が最新作『ユートピア』で挑んだジャズとクラシックの融合 interview181005_chihiroyamanaka_05

EVENT INFORMATION

山中千尋ニューヨーク・トリオ 全国ホール・ツアー2018

2018年11月4日(日)滋賀 県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
2018年11月6日(火)富山 新川文化ホール 小ホール
2018年11月7日(水)福井 ハーモニーホールふくい 小ホール
2018年11月9日(金)群馬 太田市民会館
2018年11月10日(土)東京 すみだトリフォニーホール大ホール
2018年11月12日(月)山口 市民会館 大ホール
2018年11月13日(火)鹿児島 宝山ホール(鹿児島県文化センター)

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