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——この曲が1stシングルになるわけですが、自分の中ではどのような位置づけになった曲ですか?

切り込み隊長的な曲になったと思っています。1stシングルだし、いろんな人の耳には入ると思うし、その時に「日食なつこってこういう人間だ」ってことを一番謙虚に表せる曲になったかなと思います。だから救う方向に行かなくてよかったなって思います。

——振り返ってみて、そういう曲を書く方が自分にしっくりくると認識したのはどれくらい前のことなんですか?

最初からそんな感じですね。曲調はそんなに暗い感じではないんですけれど、やっぱり昔の曲を聴き返してみると、明るく聴こえても中身はちょっとチクチクするところがある。もともとそういう部分はあったんじゃないかと思います。

——一番最初に曲を書いたのは10代?

11歳か12歳くらいの時ですね。ピアノは小学校3年生、9歳のころからずっとやってました。

——自分で曲を書こうと思ったきっかけはなんだったんですか?

書こうと思ったというよりかは、鼻歌の延長線で。「今日嫌なことがあったからそれに節をつけて歌ったら曲になりそう」って曲ができた感じです。そんなに意識して曲を作ろうとは思ってなかったですね。

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——どういう音楽を聴いて育ったんですか?

基本的に全く音楽は詳しくなくて。テレビで流れているメジャーな音楽、J-POP全般を聴いていたくらいだったので。小5、6でハマっていたのがEXILEだったりしたので。あまり特別なものは聴いてませんでした。

——ということは、今のようなスタイルに行き着いたということは、EXILEを聴いてEXILEみたいなことをやろうって思ったわけではなかったんですね。

いや、やろうと思ってました。自分ではEXILEと同じことをやってたつもりだったんですけど、気づいたらこんな感じになっちゃったんです(笑)。

——ミュージシャンとしてやっていこうとする中で、憧れになるような存在はいたんですか?

憧れる人は歌を書く人の中ではいなかったんですけど、レ・フレールっていう日本の男性のご兄弟でやられてるピアノの連弾のアーティストがいて。その人の曲を中学3年生の時に初めて聴いたんですけど、いわゆるクラシックの連弾とは違う形で二人の手が組み合わさって弾いていて、ライブだと立って弾いたり、すごく格好いいんです。すごく荒々しいし、多少音が外れても、理屈を超えたハートの真ん中のビート部分にすごく訴えかけてくるような音楽だったんです。そういうところは今でも目指してますね。ジャンルは全く違いますけど。

——実際こういう形で音楽を人前でやるようになったのは高校生の時?

高校2年生の冬です。

——そのときにはもう曲も書いていて、ピアノを弾きながら歌うなんてことも日常的にやってたんですか?

やってましたね。もう学校から帰ると、カバンしょって制服も着たままピアノの前に座って弾いてました。これが毎日だったので。

——周りの反響はどうでしたか?

よかったですね。初めてライブをしたのが盛岡のライブハウスで。その年の高校1年生で、初めてライブをやる人たちを集めたイベントだったんです。高校2年生だったんですけど「1年生です」って言って嘘をついて出た(笑)。他は全部バンドだったんで私だけソロで。でも、ジャンルの違うバンドの人とか、パンクを聴いていそうなスタッフさんにも「すごくよかった」って言ってくれて。「このまま続けてもよさそうだ」っていう自信がそこでつきました。

——ロックバンドの人たちに刺さったのは、自分の表現としてもしっくりくる感じはあったんですか?

ありましたね。ピアノでパンクやロックに勝とうとすると絶対に敵わなそうなイメージがあって。でも憧れはそっちの方にあったので、そういう人から「よかった」って言われたのは一番嬉しかったですね。

日食なつこ – “水流のロック” 2014年11月9日@duo MUSIC EXCHANGE

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