——「やる必要がなくても、やってて楽しいことはある」という感覚は、上野さんと吉野さんにとってきっと大事なことですよね。それが2人の場合ユーモアにも表われていて。

そうそう。みんなムダを嫌う時代だからこそ、ムダをどんどん出していこう、ということで。

——上野さんが、そういった魅力に気づくきっかけはどんなものだったんですか?

曲で言ったら、スチャ(スチャダラパー)の“後者”で、「同じ韻でくだらねえこと言ってんなぁ」と思ったのが原点だったのかもしれないですね。当時は中学生だったから、俺、あの曲を聴いてすげえ笑っちゃって。でも、後になってDEV LARGEさんも「あれには参った」と言っている記事を読んだし、自分もラッパーとして考えてみたとき、「とんでもねえ発想のことを先にやってるな」と思ったんですよ。今やったら、もうパクリになっちゃいますからね。それを2MCでちゃんとやってることに「おお!」と気づいて。あの曲を「おもろラップじゃん」という人もいるけど、要は「発想」なんですよね。そのすごさだと思う。自分の場合、もちろんハードなものも好きだけど、あの曲はきっかけだったかもしれない。

——しかも、“上サイン”では横浜の先輩・横山剣さん(クレイジーケンバンド)の代名詞「いーね!」も盛り込まれています。

「剣さん優しくしてくれるし、もうやっても怒んないでしょう」と思って、「いーね!」と「うーえ!」で……(笑)。

——そして、次の“サマーエンドロール”にもクレイジーケンバンドの“GT”が挿入されていますが、これは2人にとって思い出の曲だったんですか?

そうです。この曲はリリース当時車でずっと聴いてたし、「クレイジーケンバンド超いいよな!」って話したり、女の子とデートしたりしてたなぁって。それに、夏の曲だけど夏の短さを歌ってるから、曲とも合うし入れたいと思ったんですよ。

この曲は俺の右腕・ピート武士と作ってるんですけど、FM横浜のレギュラー番組の中で、曲を1ヵ月に1回聴かせるというコーナーがあって、そこで出来た曲ですね。2週間に1回曲を作る過程を放送して、完成版を流す、という企画で、自分たちが『コンドル』を出してから次のリリースが決まっていなかったし、ケツを叩かないとやんないぞとなってはじまったもの。

その中で「このトラック、夏の終わりっぽくない?」となって、最初は『サマーエンドロール』というブートのミックスCDに入れようとしたんですよ。そのときちょうどお盆で、嫁の実家の徳島に阿波踊りを観に帰ったんですけど、みんな阿波踊りで忙しいから、俺は嫁の実家のクルマを借りて、近くの川でノンアルコールビールを飲みながら、このリリックを書いてて。お盆だから、ちょうど夏が終わっていく感じがあったんですよね。

ただ、ラップを録る時間がなかったんで、それをFM横浜にスライドさせた感じでした。そうしたらアイドルの子がゲストに来てくれたときに「すごくいいですね、これ!」と言ってくれて、でもその後リリースされるわけでもなかったんで、今回「そういえばいい曲あったぞ!」って。

——そして、次の“ホラガイHOOK”では石野卓球さんを迎えています。

瀧さん(ピエール瀧)にはいじられたりして、よくしてもらってるんですけど、卓球さんは同じ事務所のスチャとも親友なんで、今回お願いするのは新機軸でいいんじゃないか? という話になったんですよ。それでトラックを送ってもらって、リリックを書いて送り返したら、何か全然違う感じになって返ってきて(笑)。途中でギターが入ってきたりと、短時間の間に変わったものがポンポン送られてきて「どれが最終形か分かんねえ!」って感じでした(笑)。

ラップに関しては、他の曲も色々集まってきていた中で、そこに言葉遊び的なものを入れたいと思って、はめやすい言葉でどんどん踏んでいきましたね。「ホラ貝吹く」というのは、村西とおる監督の「気持ちよかったら(実際にホラ貝を)吹く」という演出が頭に残ってたんですよ(笑)。

——ははははは。今回の石野卓球さんもそうですが、最近でも東京女子流の中江さんと上野さんとのユニットがあったり、加山雄三さんの作品にリミックスで参加したりと、相変わらず幅広い活動を続けていますね。

俺らはそういうことが嬉しいタイプなんで、ありがたいですね。そういえばこの間、GAGLEのHUNGERくんと<ROCK IN JAPAN>でライムスターの客演に行って、俺が作詞をやらせてもらったももいろクローバーZの“Survival of the Fittest -interlude-”(『BLAST!』収録)について「ラッパーって人に歌詞を提供したり、アイドルと仕事をしていても隠したがるじゃん。でも、上野は全部さらけ出すよね。それ、すごいと思うよ。」って言ってくれて。ちょうどWANIMAのライブを観ながらだったんですけど、HUNGERくんは「WANIMAとも対バンやってるんだ。すごいね。」って褒めてくれて。すげー尊敬している、同じシーンの先輩にそう言ってもらえるのは本当に嬉しかったですね。チャンスと時間さえあれば、どんどんやっていきたい。

——今回のアルバム自体も、とてもバラエティ豊かなものになっていますね。ヒップホップの色々な側面が楽しめるような作品になっていると思います。

今までのアルバムは、トータルのバランスをめちゃくちゃ気にしていたけど、今回はそれをあまり考えずにやった部分があって、だからこそ俺たちっぽさが出たと思いますね。今ヒップホップを聴きはじめた人って、すでに色んな音楽を聴いちゃってるから、何でも入ってこれると思うんですよ。ガチガチに90年代の音だけ聴いてたわけじゃないっていうか。

——“GET READY”はどうですか? これは『WRESTLE KINGDOM 11 in 東京ドーム』のオフィシャル・テーマソングでした。

これはBUZZER BEATSのCHIVA ちゃんにトラックを作ってもらって、山嵐でOZRO(OZROSAURUS)の武史くんにギターとベースを入れてもらって。新日本プロレスのテーマ・ソングだったんで、ハードな感じのたぎるトラックがほしいとオーダーしました。相当嬉しい経験でしたけど、同時に大変でもありましたね。

——プロレス・ファンって、絶対に文句を言いますからね(笑)。

そう、絶対言う(笑)。俺自身もプロレス好きなんで言えることですけど、あいつら、ほんと最低の人種ですよ(笑)。まぁ、俺も間違いなくそっち側の人間だから、自分の曲に文句を言うこともあるかもしれないですけどね。「何だよこの曲? ……って俺の曲じゃねえか!」みたいな(笑)。この曲は、ドームでかかるって言われてて、それを観に行ったら、ちびっ子が「サ上だ! 写真いいですか?」って来てくれて、「俺これ全部歌えるんですよ!」と歌ってくれたのもすごく嬉しかったですね。

『WRESTLE KINGDOM 11 in 東京ドーム』オフィシャル・テーマソング/『GET READY』サイプレス上野とロベルト吉野(FULL ver.)

——最後の“WHAT’S GOOD”はどうですか?

この1年間は個人的にも色々あった一年で、仲間が死んじゃったり、家族が体調を崩したり、『WHAT’S GOOD』(サイプレス上野がプロデュースしているバー)の店長が半分バックレた感じになっちゃったり……。そういうときに、一番近い人間に聴いてほしいと思ったんですよ。ヒップホップの武器って、大衆音楽の手前で、コミュニティに向けて歌っていることでもある。俺らがいまだに団地でライブをするのもそういうことだし。

だから、これがそいつらに届かなかったら意味がないという話なんですよ。今年はNORIKIYOくんの曲でもそういうものがあったし、「俺たちもこのタイミングで10年前を思い返すのもありだよね」と思って、最初はもっとストリクトリー・ヒップホップっぽいものにしようとも思ったんですけど、そういう出来事が舞い込んできてリリックが変わりましたね。

——なるほど。今の話とも繋がると思うんですが、今回の『大海賊』というタイトルは、これまで同様、横浜のドリームランドに実際にあったアトラクションの名前から取られていますね。ここにはどんな意味が込められているんですか?

「今回は何から付けよう?」と思ったときに、また新しい大海原に出るこのタイミングで、『大海賊』が合うんじゃないかと思ったんですよ。「2人しかいねえのに、『大海賊』ってウケるよな。」って。

——メジャー・デビューのタイミングとなる今回も、同じようにドリームランドからタイトルを付けるということは、上野さんと吉野さんにとってきっと重要なことですよね。

そうですね。今その跡地に残っている時計台で、時計台サイファーというのがあるらしいんですよ。そいつらがTwitterとかで「来ませんか?」って誘ってくれて。そこにも行きたいけど、「ごめんな、金土日は稼ぎ時なんだよ。でも、平日だったら相手するし、俺たちのところにも来ればいいじゃん。」って言ったりしてて。

そうすると、そいつらはただサイファーがやりたいやつらなんで連絡が途絶えちゃったりもするんですけど、他にも地元の中学生が「サ上さーん、今度家行っていいですか?」って言ってきて、「じゃあちゃんと親に言ってからこいよ」って伝えてDJを色々教えたりとか。もう顔も割れてるし、別に不良育成所じゃないですからね(笑)。

それで中2の頃から来てて、今高3になってDJをやったり、機材を使えるようになったやつもいます。他にも、20歳は超えてるけど、『WHAT’S GOOD』の店に来てくれて、「もうこの年ですけど、DJやりたいっす。」と言うやつに教えてやったりもしていて。そこはこれからも変わらないですよね。

——では、2人の今後の目標を挙げるなら?

まずはツアーを成功させるということですよね。ライブのクオリティは新曲が入ることによって上がっていると思うし、今はお客さんが流れを作ってくれるような感じもあって。だからあれもしたい、これもしたいと思って曲数を絞るのが大変で、最近は1時間のライブだったら「一時間しかねえのかよ」という感じになってきているんですよ。

そんなときに、バトル・ポッセ・カットなんかできるわけないよなって。まぁ、アルバムには「満を持して」という形で入るかもしれないです。もちろんバトルで戦ったMCにも好きなやつはたくさんいるわけで、そいつらと一緒にやりたいし。でも、まずは自分たちの音楽をやることが最重要ということです。ありがたいことにいまだに各地に呼んでもらえて週末の予定はいっぱいだし、そこでも毎回更新していきつつ、いつかドリームランドの球場の跡地でフェスをやれるようなアーティストになれたら最高ですね。

自分たちのこれまでを振り返ると、「ヒップホップだぜ」って謳うのも死ぬほどやってきたし、じゃあ「セルアウトしたんですか?」と言われると、「いや、お前らより現場にいるし。」とも思うし。だから、みんなに自由に聴いてもらって、「いいじゃん」って言ってもらえればそれでいいんですよ。そのうえで、色々出来たらな、と思うんで。まぁ、メジャー・デビュー作で『大海賊』って言ってるけど、結局2人だし、ズボズボ……って沈んでいくかもしれないですよね。そもそも俺らって「これむしろ、落ちれんじゃね?」って思うようなタイプだし(笑)。

EVENT INFORMATION

サイプレス上野とロベルト吉野「大海賊」Release Tour
大航海ツアー〜港にて〜

2017.09.10(日)
OPEN 17:00/START 18:00
東京 渋谷クラブクアトロ
出演:サイプレス上野とロベルト吉野、マキタスポーツ 
Guest:SKY-HI 

2017.10.15(日)
OPEN 17:00/START 18:00
札幌 cube garden  
出演:サイプレス上野とロベルト吉野、Charisma.com

2017.11.04(土)
OPEN 17:00/START 18:00
福岡 BEAT STATION 
出演:サイプレス上野とロベルト吉野、般若 

2017.11.20(月)
OPEN 18:00/START 19:00
大阪 OSAKA BIGCAT 
出演:サイプレス上野とロベルト吉野、Creepy Nuts

Standing ¥3,800 (税込・入場時別途ドリンク代・整理番号付) 
詳細はこちら

RELEASE INFORMATION

『大海賊』

【インタビュー】サイプレス上野とロベルト吉野 『フリースタイルダンジョン』から解き放たれ“音の大海原”へ interview_sauetoroyoshi_2-700x624
2017.09.06(水)
サイプレス上野とロベルト吉野
KICS-3515
¥1,852(tax incl. / +tax)
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詳細はこちら

オフィシャルサイト

text & interview by 杉山仁