――――『CALLING』ではバンドとして初めてのスタジオレコーディングを行なったアルバムでしたが、『DOCUMENT』の制作にあたって、池永さんが全曲のトラックを持ち寄って、そこからバンドとして曲を仕上げていくというプロセスやコミュニケーションは、前作と比べてどうでしたか?

やりやすくなりましたね。『CALLING』のときは、「大丈夫かなー…」とか思いながらやってたけど、みんな一回やると慣れるじゃないですか。だから、デモ段階からイメージができたというか、じゃそれをどう次のステップに持ち上げようかとか、技術的な足かせが軽くなった分、できる事も増えて、楽しめました。メンバーの技術やアイデアもライブを体験したら変わってきてると思うんですよ。フェスとかに出させてもらうと、対バンがコールド・プレイだったり布袋だったりするので。リーペリーのDUBにはやっぱり勝てない!って自分らのやる事を見つめ直したり、逆にこれはフィットせえへんなぁとか、フィットしないからこそ取り入れたら化学反応おこすんちゃうん!って入れたら全然あかんかったとか。やっぱりライブからのフィードバックは大きいと思いますね。

――きっと、そのフィードバックされている要素というのは、明確なイメージではないんでしょうね。

ないですね、どっかの抽き出しに忍び込んでる感じ。何かのタイミングでシュって出てくる。体感したものってやっぱり強くって、体感して実感するとやっぱり変わってくるじゃないですか。バンドに限らず人って。そういう意味でもこのアルバムは「DOCUMENT」なんでしょうね。体験したものが記録されているっていう。

――『CALLING』リリース時のインタビューで、池永さんは「打ち込みだけはできなかった生バンド特有のメランコリックな音に仕上がった」と仰ってましたよね。

そうですね。そこから一歩進めて、『DOCUMENT』は、色んなフェスに出たりライブをかなりアグレッシブにやった事でよりバンド感が増したように感じてるんですよ。じゃ、うちはどんなバンドかって考えたら、打ち込みの入っているバンドなんですね。打ち込みだからいろんな音を入れられる。やっぱり面白いなぁと思って。だから、それこそAメロは打ち込みのみになったり、サビで生バンドに入れ替えたり、音源だからこそのアレンジができて、これぞ今のあら恋!ってのができました。

【インタビュー】あらかじめ決められた恋人たちへが記録する「旅立ち」のドキュメンタリーフィルム。池永正二が語る最新作『DOCUMENT』について。 feature130909_arakoi_interview_02

――『DOCUMENT』というタイトルと池永さんが大阪芸大の映像学科出身という背景を踏まえると、やはりドキュメンタリーフィルムをアルバムの中で撮ってるという感覚がするんです。

そう言われれば、たしかに撮ってるような気がします。ドキュメンタリーフィルムは、企画段階からなんかしらの意図があって、その状況をどの視点で切り取るかという、ある程度の監督の意識があるとは思うんです。作った事が無いので偉そうな事は言えませんが。僕らの場合、そういうコンセプトはないんで、そういう意味では「ドキュメンタリー」ではないのかもしれないですけどね。「記録」するっていう意味の方が近いかもしれないですね。「何を記録したかった」って考えるのは撮り終えてからで、結果的に記録したものを見てみたら「旅立ちが多かったなあ」って。

――最初から「旅立ち」というコンセプトがあったわけではなく、曲を並べてみたときに思い浮かんだという感じですか?

そうですね。ホームビデオに近いのかも。子どもを運動会で撮ると、後になって見返すじゃないですか。「あー、こうやったなぁ」って。だからドキュメンタリー映像ではないんですよね。ドキュメンタリーは、カット割や編集などで意図が出てきて、でも、家庭で撮ったビデオとはいえ、曲をカットアップして自分の欲しいものに意図的にまとめているので、そう考えたらドキュメンタリーですよね。何言ってるんですかね、僕(笑)。合ってます、ドキュメンタリーフィルムです(笑)。