《人は言う 僕は負けるために生まれたのだと だけど僕は悪い 悪いニュースから 良い 良いことを生み出したのさ》
(“バッド・バッド・ニュース”)

あなたがアメリカのポップ・カルチャーに多少なりとも関心を持っているなら、2010年代を通して最もイノベイティブな作品を残しているのがアフリカン・アメリカンだということを知っているだろう。

例えば、映画の世界では、アメリカ最大の負の遺産である奴隷制を身を切るような痛みと共に描いた『それでも夜は明ける』や、2010年代もう一つの主役であるLGBTと黒人カルチャーを接続し、パーソナルなドラマを紡いだ『ムーンライト』。音楽の世界で言えば、奴隷制から人種差別の横行する現代までの歴史を総括し、啓蒙的なメッセージを伝えたケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』。あるいは、自身の夫婦関係に走った亀裂を端緒として、社会に横たわる人種や性別間の対立を乗り越えようとするビヨンセ『レモネード』。

これらは各国の音楽賞や批評メディアの年間ベストを総なめにした作品ばかりだが、そこには通底してアメリカにおけるアフリカン・アメリカンの辛酸の歴史を回顧し、構造的に続く差別や文化的断絶に解決の糸口を見つけようとする強い意志があった。

冒頭に引用したのは、本稿の主人公であるテキサス州生まれのリオン・ブリッジズによる最新2ndアルバム『グッド・シング』収録の一曲“バッド・バッド・ニュース”からの一節。アルバムのタイトルもこの歌詞から取られている。「負けるために生まれた」と言われ続けても「悪いニュース」から「良いこと」を生み出した「僕」という存在は、現代のアフリカン・アメリカン・カルチャーの在り方そのものを指し示しているかのようではないか。

Leon Bridges – Bad Bad News (Official Video)

平易な言葉と芳醇なメロディで物語を紡ぎ、パーソナルな筆致の中に鋭い現代性を忍ばせる。数多いる優れた黒人作家の中でも、聴き手の年代や肌の色、性別などを選ばない普遍性では当代屈指の才能を持ったシンガーソングライター。それこそがリオン・ブリッジズなのである。

《504のブラック・ガールは僕を 胎内に抱えて 桃の州にやってきた》
(“ジョージア・トゥ・テキサス”)

リオン・ブリッジズの新作『グッド・シング』から紐解く、ヴィンテージ・ソウルを鳴し伝えるアフリカン・アメリカン・カルチャー Leon-Bridges-1200x898

ここでリオン・ブリッジズという音楽家の個性を理解するために、少しばかり経歴を振り返ろう。彼が世界的な注目を集めたのは、2015年のことだ。

1989年生まれで現在28歳の彼は、ニューオーリンズ州生まれの母親の胎内にいる時にテキサスへと引っ越してきたという。ジャズ、ブルース、ソウルといった音楽の本場として知られるアメリカ南部の環境の下で、幼少期からギターに親しみ、自然と音楽を作るようになったようだが、過去の音楽を知るようになったきっかけの一つにインターネット・ラジオや動画サイトがあるというから、現代的でもある。

地元テキサス州フォートワースで音楽活動を本格化させた彼は、ほどなくして地元のロック・バンド、ホワイト・デニムの目にとまる。ホワイト・デニムは2006年のデビューから一貫して米南部の音楽的遺産を現代的にアップデートしてきた、テキサスが誇るUSインディ・シーンの雄だ。

ホワイト・デニムのギタリストだったオースティン・ジェンキンスと、ドラマーのジョシュア・ブロック(両者ともに現在はバンドを脱退)がリオン・ブリッジズのプロデュースを買って出たのが2014年ごろ。1940年代~60年代のヴィンテージ機材が揃ったオースティン自身のスタジオで録音された初期曲がSoundCloudにアップされ、ローカル・ラジオで“カミング・ホーム”がエアプレイを獲得したことで、彼はメジャー・レーベルからも注目を浴びる存在となっていった。

声がかかった複数のレーベルから、彼は米コロンビアと契約。2015年にリリースされたデビュー・アルバム『カミング・ホーム』は、全米6位に輝き、2016年のグラミー賞ベストR&Bアルバム部門にノミネートされるなどの成功を収めた。

Leon Bridges – Coming Home (Video)

初期から引き続き、オースティン・ジェンキンス、ジョシュア・ブロックらから成るチーム「ナイルズ・シティ・サウンド」が制作に全面参加した『カミング・ホーム』は、リオン・ブリッジズのパブリック・イメージを決定づける傑作となった。全編を彩るヴィンテージ楽器の豊かな響き。サム・クックやオーティス・レディングといったソウル・レジェンドを髣髴させるリオンの力強い歌声。赤地にモノクロのポートレート、アルバム・タイトルと曲名とコロンビアのロゴが並ぶアートワーク。50年代から60年代の古き良きソウル・シーンへのオマージュが詰まった彼の表現は、黒人コミュニティから優れた作品が続出した2015年の中でも、一際目立つ個性を放っていた。

アメリカ、とりわけ南部の黒人音楽には、数多の支流が流れ込んで大河となり、市井を支えるミシシッピ川のように、慎ましい暮らしに寄り添い、苦難からの一時の救済となってきた壮大な歴史がある。一人ひとりの生活に息づくドラマが折り重なって、黒人音楽は豊かな歴史と文化を紡いできた。リオン・ブリッジズの音楽を聴くと、その歴史の一つに立ち会っているような感動が湧き上がってくる。

パーソナルな歴史を通してアフリカン・アメリカン社会全体の在り様を伝える彼の表現方法は、とりわけ彼の家族を主人公にした楽曲に顕著だ。『カミング・ホーム』には、母親の名前を冠して彼女の人生を歌った“リサ・ソーヤー”、祖母と祖父のナイトクラブでの運命的な出会いを描いた“ツイスティン・アンド・グルーヴィン”があった。最新作にも、“リサ・ソーヤー”の続編とも言うべき楽曲“ジョージア・トゥ・テキサス”が収録されている。

“ジョージア・トゥ・テキサス”で描かれるのは、“リサ・ソーヤー”におけるニューオーリンズでの幼少期から時を経て、子供を身ごもった体でアトランタへ、その後テキサスへと移住する母と子の物語だ。

《産みの苦しみが 僕を衰弱させたけれど 彼女はピーチツリー・ロードで 僕を高く掲げてくれた 目は母親似 鼻は父親似さ そして服は兄貴のお下がり 金なんてなかったけれど 愛は力強かった 僕たちがやっていくには 僕たちがやっていくには それさえあればよかったのさ》という歌詞からは、貧しくも愛に満ちた一つの家庭の姿がありありと浮かび上がってくる。

Leon Bridges – Georgia to Texas (Official Audio)

《僕には見えないんだ 君が僕に見て欲しい世界が 僕はなるつもりはないのさ 君が僕になって欲しい男には》
(“ライオンズ”)

ただ、その徹底して50年代・60年代のオマージュにこだわったコンセプチュアルなイメージ故に、『カミング・ホーム』の時点でのリオン・ブリッジズは、見る人によっては単なる回顧主義者やコスプレのようにも見えかねなかったことだろう。しかし、その認識が決定的に間違っていることを、全米初登場3位に輝いた最新作『グッド・シング』は証明してみせる。

リオン・ブリッジズの新作『グッド・シング』から紐解く、ヴィンテージ・ソウルを鳴し伝えるアフリカン・アメリカン・カルチャー 62e59fff81ecf1924ca395c6ad5ba7a6-1200x800
Photo by Mitch Ikeda

「ファースト・アルバムの時は60年代風のR&Bを通じて自分のストーリーを伝えたいという気持ちがあった。でも次のアルバムへ行くにあたり、プログレッシヴ(進歩的)でありながらもアーティストとしての僕自身を引き続き反映させたものを作りたいと思ったんだよね。そういうインスピレーションのもと制作に入ったんだ。それに、より多種多様なオーディエンスを獲得したいとも思ったしね。自分は60年代風R&Bだけじゃないんだっていうのを見せたかった。」

最新作に合わせたオフィシャル・インタビューで、リオン・ブリッジズはそう語っている。その言葉通り、彼が2作目のアルバムで目指したのは、アーティストとしての核はそのままに、音楽的な進化を見せることだった。

進化を目指したきっかけとして、前作から今作までの3年間で、彼が経験してきた他アーティスト・他作品とのコラボレーションについても触れておくべきだろう。2016年、彼は白人ヒップホップ・デュオ、マックルモア&ライアン・ルイスの楽曲“ケヴィン”にゲスト参加。その他にも、LA出身のブルーアイド・ソウル・シンガーであるニック・ウォーターハウスとも“カッチ”という楽曲を共作。また、Netflixのオリジナルドラマ『ゲット・ダウン』のサントラでテンプテーションズの“ボール・オブ・コンフュージョン”をカバーしたり、映画『バース・オブ・ア・ネイション』にラッパーのラクレーと共同名義で楽曲“オン・マイ・オウン”を提供するなど、映像方面でも活躍の場を広げている。

2017年には、気鋭のEDM系デュオ、オデッザにフィーチャーされ“アクロス・ザ・ルーム”でヴォーカルを担当。この楽曲はUSダンス・エレクトロニック・チャートでスマッシュヒットを記録し、同曲を収録したアルバム『ア・モーメント・アパート』は全米3位を記録した。

ヴィンテージ・ソウルのイメージを身にまとったレトロな姿から、多様な音楽を歌いこなす現代的なシンガーへの成長。それが見事に作品へと結実したのが待望のソロ第二弾アルバム『グッド・シング』である。

リオン・ブリッジズの新作『グッド・シング』から紐解く、ヴィンテージ・ソウルを鳴し伝えるアフリカン・アメリカン・カルチャー LeonBridges2nd-JK-high-1200x1193

その音楽的な進化は、一曲目の“ベット・エイント・ワース・ザ・ハンド”からすぐに伝わってくる。鉄琴、ホーン、ストリングスなどをゴージャスに使用した、まるでヴェルヴェットのように柔らかな質感のスウィート・ソウル。アナログでローファイな音像だった前作と比較すると、目を見張るほどに複雑でハイファイなアンサンブルだ。

その他、70年代のスティーヴィー・ワンダーをアップデートしたようでもある、ジャジーな“バッド・バッド・ニュース”、多重録音演奏のバラード“Beyond”、数を最小限に絞った“ライオンズ”、ディスコ風のアップビートがキャッチーな“イフ・イット・フィールズ・グッド(ゼン・イット・マスト・ビー)”、等、レトロなパブリック・イメージの殻を次々と破るバラエティ豊かな楽曲が並ぶ。

Leon Bridges – Beyond (Audio)

た、前作では形式的な模倣に留まっていたレジェンドへのオマージュは、本作でいくつかの明確な引用へと変化している。“ベット・エイント・ワース・ザ・ハンド”にはカーティス・メイフィールドの“メイキング・オブ・ユー”、“イフ・イット・フィールズ・グッド(ゼン・イット・マスト・ビー)”にはウィスパーズの“イッツ・ア・ラヴ・シング”を使用。前述したスティーヴィー・ワンダー風のシンセ使いも含めると、本作は50~60年代のソウルから、飛躍的な進歩を辿っていった70年代のソウル・ミュージックを一つの雛型にしていると言えるかもしれない。

Leon Bridges – Bet Ain’t Worth the Hand (Audio)

このモダンな音への変化に最も貢献したのは、本作でプロデュースを務めたリッキー・リードだろう。彼はジェイソン・デルーロ、メーガン・トレイナー、ケシャ、トゥエンティワン・パイロッツ、ファントグラムなど、ヒップホップ、ポップ、ロック、インディ、EDMと現代のポップ・ミュージックに広く精通したプロダクションで知られる人物。「ナイルズ・シティ・サウンド」のチームとの関係も継続しつつ、彼の手が加わることで一気に風通しの良さが増幅した印象だ。また、共にツアーを回ったバンド・メンバーやミュージシャン仲間との関係性も本作の製作に大きく影響しているという。

「(作詞について)今回はファースト・アルバムとは違うアプローチをとったんだ。前作は手助けしてくれる人が誰もいない状態で書いたんだけど、今回は初めて他のライターたちとコラボしたんだよ。仲のいい友人たちとね。素晴らしいプロセスだった。僕とバンドの他メンバー達で、アイデアをやり取りして作ったんだ。内容は僕の人生の中で起こっていることについて語っているから実体験に基づいたものもあるけど、あまりディープにしすぎないようにはしたよ。」(日本オフィシャルインタビューより引用)

言葉の面では、リオン・ブリッジズの言うように、ディープなメッセージ性よりも普遍的な恋愛の機微が強くなっている。自伝的な物語性の高い楽曲も、前述した“ジョージア・トゥ・テキサス”のみに留まり、その他の楽曲は具体性の強いストーリーよりも、より抽象的で複雑なエモーションに重きが置かれているように思える。シンプルな言葉使いの中に現代的な逡巡や胸に迫るメッセージを忍ばせる、彼ならではの表現は本作でさらに研ぎ澄まされている。

リオン・ブリッジズがこれほどまでに愛される理由。それは決して古き良き時代へのノスタルジーを充足させるからではない。大河のように脈々と流れる歴史と伝統を受け継ぎ、その普遍的な魅力を現代へと伝えようとしているからだ。

現代のUSブラック・カルチャーは、人種差別や構造的貧困に抗する社会的気運の高まりと共に、数多くのイノベーションを生んできた。ただ、それが固有の社会・コミュニティに立脚するあまり、他の人種や国籍からの取っつきにくさに繋がっている側面も否めない。黒人以外が黒人のカルチャーを取り入れることをことさらに搾取と結びつけ、批評や意見すら拒むようなムードになっているのも、また確かだ。ただ、その中でも、リオン・ブリッジズの音楽は誰の手も拒むことなく、誰にとっても開かれた普遍性を追求し続ける。

まずは一人でも多くの人に、彼の素晴らしくスウィートな音楽に触れて欲しい。そして、そこからさらに奥をのぞけば、アフリカン・アメリカンの豊かな歴史や文化、一人ひとりの人生を尊重して慈しむ優しさが見えてくるだろう。

リオン・ブリッジズの新作『グッド・シング』から紐解く、ヴィンテージ・ソウルを鳴し伝えるアフリカン・アメリカン・カルチャー LeonBridges_phJackMcKain_01-low-1200x1182

RELEASE INFORMATION

グッド・シング

リオン・ブリッジズの新作『グッド・シング』から紐解く、ヴィンテージ・ソウルを鳴し伝えるアフリカン・アメリカン・カルチャー LeonBridges2nd-JK-high-1200x1193
2018.05.23(水)
リオン・ブリッジズ
詳細はこちら