小袋成彬というアーティストほど、実際の作品やライブに触れるまである種のバイアスが介在した音楽家はいなかったんじゃないだろうか。宇多田ヒカルが初めてプロデュースを手がけるほど惚れ込んだアーティスト、もしくはポップシーンに最新の音楽要素を昇華したクールなプロデューサー集団〈Tokyo Recordings〉のオーナー。どちらも事実だ。個人的には高いプロフェッショナリズムを誇るプロデューサーとしての彼がなぜ自身の作品を作り、歌うのか? そこに最も興味を惹かれたのだが、いざ初作『分離派の夏』を聴くと、極めて小袋成彬という人のパーソナルな音楽世界が音にも言葉にも横溢していて一気に腹落ちした。

小袋成彬 1stアルバム「分離派の夏」ティザー映像

個人が徹底して自分に向けて作品を作ることで浮かび上がって来るオリジナリティに、リスナーとしては勝手に真摯さや色気を感じたりした。彼自身は何の共感も求めず作った音楽が、自然に人の感情や官能に響いたのだ。もちろん、上手い下手以上の破格の表現力を持つボーカルに素直な驚きと感動を覚えたところも大きい。かくして、『分離派の夏』はiTunesチャートで1位を獲得(アルバムから先行配信された“Lonely One feat.宇多田ヒカル”はSpotifyの2018年1月23日付バイラルランキング(日本)で1位。新人のデビュー曲が初登場1位を獲得したのはSpotify国内史上、また男性アーティストでは初)。結果も出し、ロングセラーを続けている。

今夏は<FUJI ROCK FESTIVAL>や<RISING SUN ROCK FESTIVAL>など10近くの夏フェスにも出演。ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)、あるいは山下達郎目当てのオーディエンスが小袋成彬のライブに邂逅し、何らか琴線に触れた可能性は低くない。2018年に音楽史と呼べるものがあるとしたら、彼のデビューは間違いなく太文字で表記されるだろう。

ライブの場数を踏んできた小袋は果たして今どんなライブ表現を見せるのだろう。今回、東京と大阪で開催した初のツアーはいずれも完売。冒頭に書いたように彼の音楽に接する機会はいい意味で様々なバイアスがかかっていたことと思う。だが作品がそれを凌駕し、年齢層も属性も実に多彩なファンが一つのライブハウスに集うことになった。

Live Report:小袋成彬
2018.10.10@渋谷WWW X

小袋成彬がワンマンライブで魅せた音楽世界。“分離派の夏”は次の季節へ music181023_obukuronariaki_01-1200x800

小袋成彬がワンマンライブで魅せた音楽世界。“分離派の夏”は次の季節へ music181023_obukuronariaki_02-1200x800

薄暗いステージにイヤモニを付けながら、街を歩くようにスタスタと登場した小袋。ステージ上には彼一人だ。重低音が床から伝わって産毛を揺らすイントロを加えた“再会”からライブはスタート。意外な1曲目に息を飲みつつも歓喜しているフロアの気配が伝わって来る。そして胸を締め付けるファルセットと、何か歌というより声を遠くへ届けるようなロングトーンの対比が切ない“Game”。さらにはアコギが印象的なミニマルなトラックの新曲が早くも披露された。

トラックの中のオートチューンのボーカルに生の歌が重なる“茗荷谷にて”は、音源よりさらに韻を踏むラップ調の歌唱が素朴にすら聴こえ、人生の青い季節がフラッシュバックする。ステージ上の小袋の視線は観客に向かっているわけではなく、楽曲が投影した映像なのか自分の内側なのか、我々には見えない何かに対して歌っているように映る。だが、音源でのメロディラインやコーラスをなぞるのではなく、自然に歌や声のアレンジを加えていく。その幅は圧倒的に広がったように感じられた。

すかさず反発を加えられたバネのような音。“Lonely One feat.宇多田ヒカル”のイントロだ。歌い出しの《I don’t wanna be the lonely one》を声に出さずに真似してしまう。荒野の狼のような毅然とした個。それでいてどこか寂しい。凛としつつ切ないこの曲の中に、観客も同じように立っている、そんな感じだ。音源では宇多田ヒカルが歌う《上目遣いでカメラに笑顔向ける少年〜》部分も少し歌い、ブレイクのあと、展開が変わるに連れて群青から青が明度をあげていき、エンディングを迎えたのは、まるで夜明けのよう。ここまで一人で一気に歌いきった彼。異なる季節を早送りで過ごしたような体感だ。

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小袋成彬 「Lonely One feat. 宇多田ヒカル」スタジオリハーサル映像

6曲目の“Summer Reminds Me”からは小島裕規と畠山健嗣が加わり、開かれた曲調もあってか、続く“E.Primavesi”や“GOODBOY”ではリズムに乗り軽快に歌う姿も。ステージと観客の間の見えない幕のようなものが次第になくなってきた印象を受けた。コミュニケーションをとるわけではないが、そもそもそこに音楽が介在していることがコミュニケーションなのだ。体を揺らす人、見入る人。そういえば“Summer Reminds Me”でようやく拍手らしい拍手が起こった。緊張感に満ちた最初のブロックはそれを保とうとするフロアのコミュニケーションが成立していたのかもしれない。いずれにしても自然な反応は居心地がいい。さらには一人で重ねるコーラスにゴスペル的なニュアンスを濃くした“夏の夢”、丸っこいエレピの音と重低音が印象的で、どこかインディーポップ的でもある新曲では、歌詞に「新しい風」というワードが聴き取れた。淡々と言葉を紡いでいく“門出”でも、“茗荷谷にて”と同様、オートチューンの自分の声とデュエットするような、語り合うような歌の表現の自在さに目と耳を奪われた。

さらにはギターに乗せて歌い出された英語詞に聴き耳を立てる。アリシア・キーズ(Alicia Keys)の名曲“If Ain’t Got You”とわかると、そこここで静かなため息が漏れる。オリジナルに忠実にエモーショナルに歌う彼の姿を見ていると、カバーを歌っている時の心境を知りたくなった。そしてさらに新曲。《終わりのある話をしよう》とか《最後に君は振り向いた 僕はずっと見ていたのか》という歌詞が聴き取れた。情景が浮かぶ歌詞を必死に追いかけている自分に、それこそ歌詞のように気づく。彼から発される新たな歌詞を渇望していたのだ。

Alicia Keys – If I Ain’t Got You

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視線を下に落としながらドキュメントのように訥々と歌うAメロから、展開していくに従って徐々に熱を帯びてくる“Daydreaming in Guam”。誰にもわからない僕と君だけの価値観や思想。美しい声とメロディだからこそ、大きな引っかき傷を作る歌だ。彼が《また君に会えるまで 薪を焚べ続けなきゃ》と歌い上げると、自分にもそうすべき誰かがいるような思いとともに涙が出てしまう。さらにミニマルなストリングスのみにリアレンジされた“Selfish”はタイトルも新たに“Selfish(WoO!)”に。歌い出しをアカペラで表現したことも意表を突いた。そして賛美歌のような荘厳さをもつファルセットでほぼ全編を歌った“愛の漸進”にはバカみたいだが「美しい」しか言葉が出ない。この段階で『分離派の夏』収録曲は全て披露された。各々の曲に必要なだけの音数や思わぬ反応を起こす新たなエフェクトやサウンドが抜き差しされ続けるのだろう。

小袋成彬 「Daydreaming in Guam」スタジオリハーサル映像

小袋成彬 『Selfish』

最後に披露された新曲でも、声の最後にエフェクトがかけられたりして、非現実的な感情が押し広げられた。この曲も彼が言うところの「喪の仕事」なのだろうか? 《夏の夜に置いてきた私の夢》と聴き取れた歌詞がもしその通りなら「分離派」は次の季節をすでに迎えているのかもしれない。歌い終えた彼は両手を挙げ、少し笑ってステージを後にした。

全18曲本編のみ1時間。MCなし。物足りなさも過剰さもない。アーティストがパーソナルな表現に向き合うことがここまでの至福足り得ること。それは小袋成彬が正真正銘の音楽家だからなのだろう。その姿勢に今のところ全くブレはなかった。

EVENT INFORMATION

「LIVE SPECIAL 小袋成彬 10.10.2018@WWW X」
日本最大の音楽専門チャンネル スペースシャワ―TVにて独占放送

放送日時:初回 2018.11.8(木)22:30~23:00/リピート 2018.11.27(火)26:00~

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