3.決断を巡る物語

前述した2つの物語。どちらが正しくて、どちらが正しくなかったということではない。それは映画『エベレスト3D』を見るとわかる。なぜなら映画の多くが「決断」を巡る物語であるからだ。山を生業としているプロフェッショナルであっても、普段は別な仕事をしているクライマーであっても、1つの山に向かう際に下さなければならない「決断」に大きな違いはない。隊長のロブ・ホールにとってそれは、妻が妊娠した中で登山に向かうという家庭の「決断」を迫られることから始まる。普段、郵便配達員として働くダグ・ハンセン(ジョン・ホークス)にとっては、去年「あともう少しの所で」失敗したエベレスト山頂への再チャレンジであるという、バックグランドを抱えながら決断を下すことになる。アメリカで病理学者として働くベック・ウェザー(ジョシュ・ブローリン)にとっては、愛する妻が登山に反対している中でのエベレスト挑戦である。そして決断を巡る物語は、エベレストの頂がまさに目の前に見えている時、最高潮に達する。1つの決断が、本人をさらに関わる人たちを悲しくも嬉しくもする。「山とはそういうものだ。」1つの「決断」が高度に死と直結してしまう。そしてエベレストだとその度合いは高まる。

4.「自分がそこにいたらどうするか?」

私が人生でもっとも影響を受けたことも登山からだった。今は亡き著名な登山家、植村直己の『青春を山に賭けて』という本からだ。『青春を山に賭けて』は、植村直己の幼少期から、山に魅了された学生時代、さらに国内外の山々を踏破していく姿を描いた物語だ。当時自分のやりたいことに純粋になれず、ひどく悩んでいた状況の中で出会った植村直己の山に対する純粋な姿勢と言葉、そして決断に強く励まされた。

私は直接登山へは駆り立てられなかった。しかし、山に登る人たち、その一人ひとりの思い、さらにその時々で下される決断は、人を山へ駆り立てるだけではない「大きな魅力」と「大きな学び」があると思う。映画『エベレスト3D』のクレパス(氷河などの深い割れ目)を渡る時の緊張感と真っ暗な底。日本人登山家の難波康子に掛けられる「なぜ山に登るのか」という質問。実際にエベレスト付近で撮影された現実感溢れる映像と山に向かう人々から発せられるつひとつの言葉に、深い思いを感じる。本作で監督を務めたバルタザール・コルマウクルは、3D、I MAXにした理由についてこんなことを話していた。「オーディエンスに実際にそこに居るように感じてもらいたい。もしそこに自分がいたらどうするか。」

8848メートルを目指す12人の「決断」から学ぶことは、1つではないはずだ。

決断を巡る物語ー映画『エベレスト3D』 film151109_everest_3

本作のバルタザール・コルマウクル監督(東京国際映画祭にて)
(C)2015 TIFF

決断を巡る物語ー映画『エベレスト3D』 film151109_everest_4

本作に登場する日本人登山家難波康子を演じた森直子さん(東京国際映画祭にて)
(C)2015 TIFF

エベレスト3D


原題:Everest
監督:バルタザール・コルマウクル
CAST:ジェイソン・クラーク、ロビン・ライト、ジョン・ホークス、キーラ・ナイトレイほか
配給:東宝東和
2015年/アメリカ・イギリス合作/121分

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